テーマ:イタリアオペラ史

イタリア・オペラ(66)ドン・ジョバンニは死後も上演されたか

モーツアルトは父の教えで、イタリア語でオペラを書く訓練をした。当時流行り始めた、オペラ・ブッフォという分野で傑作を書いたし、伝統的な真面目なオペラ、セリアも書いた。 彼はさぞかしイタリアで名声をはくしただろうと想像するが、それは大違い、イタリアオペラを代表するセリアは7曲書いているが、今イタリアを代表するスカラ座で演奏されたのは「ミト…
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イタリア・オペラ史(65)ドンジョバンニはイタリアオペラと少し違うんじゃない?

イタリア・オペラではセリアではオペラ歌手は舞台で何時もお客に向かってうたっているのが特色だと思う。体がお客に向かっているだけでなく、歌の内容も、お客に理解してもらえるように歌っている。「私は貴方を愛しています。」と歌ってもそのことは「貴方に」だけでなくお客にも訴えることが大事である。だから表現の仕方も少し変える。下手だが、例えば「貴女を…
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イタリア・オペラ史(64)ドン・ジョバンニは盗作

伝統的なイタリア・オペラはオペラ・セリア。セリアを書かねば一人前ではない。真面目なオペラ、一定の規則が代々の作曲家の努力で決められ、ギリシャ悲劇の再現へ向けて努力する。オペラ・セリア。この作曲家の仲間に入りたいとモーツアルトも努力した。「イドメネオ」というオペラはその一つ。傑作である。そのあと七年たってから「ドン・ジョバンニ」が出来た。…
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イタリア・オペラ史(63)「ドンジョバンニ」の人気

ウィーンにブルク劇場というのが当時ありました。そこで1783年以後1791年の死の年までに上演されたモーツアルトの作品がわかっています。一番は「フィガロの結婚」48回、「ドン・ジョバンニ」15回、「コシ・ファン・トッテ」10回、「後宮からの誘拐」7回です。これは予想できる人気です。では他の作曲家を含めモーツアルトの人気はどうか。宮廷劇場…
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イタリア・オペラ(62)ドン・ジョバンニ(新種のオペラ)

ロッシーニの前にイタリア・オペラを書いたのはモーツアルト。彼は殆んどのオペラをイタリア語で書きました。彼はザルツブルグ人ですから独欧系です。イタリア語は日常語ではありません。オペラはイタリアで発生し、イタリア語でなければオペラと認められません。18世紀当時、オペラが書けなければ一人前の音楽家と認められませんでしたから、モーツアルトも父の…
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イタリア・オペラ(61)セミラーミデ

ロッシーニのオペラが日本では見難いという話のついでに、オペラの値段の話をしてしまったけれど、オペラは費用が高いから、お客が相当数いないと、上演できない。だから名作でもファン層が薄い日本では見られない、という文化的には情けない状態になっています。何とか安くならないか、DVDについてアイデアまで書いてしまった理由です。 今日紹介しようと思…
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イタリア・オペラ(60)字幕だけのDVD

オペラのDVDは高い。時には3000円ということもあるが、大抵は5000~6000円、人気のあるのだと7000円~8000円はつく。輸入版なら2~3000円やすいが、字幕に日本語は殆んどついていない。英、独、仏、伊、スペイン、チャイナが字幕というのが多い。 イタリア語で歌っているのを英語の字幕で見ていると頭がこんがらかることもあるが、…
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イタリア・オペラ(59)オペラの品格

ロッシーニのオペラは真面目なんだ。20世紀にはいる頃のオペラだって真面目だ。オペラは真面目なものだ。だけど、真面目さが違う。ロッシーニの時代の真面目さは、イタリアでオペラが始まった1600年頃の真面目さと似ている。これがわかることがイタリア・オペラを楽しむ上でとっても大事だ。20世紀にはいる頃のオペラ、ヴェルデイやプッチーニの真面目さと…
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イタリア・オペラ(58)最後が変われば悲劇が喜劇に

ロッシーニの真面目なオペラは日本では、見るのが難しい。dvdさえ、手に入り難い情況です。世界でロッシーニの再評価が始まったのは30年も前なのに、日本人の意識はそこまでにないからでしょう。でも一度見れば病みつきになるほど、美しい。 ロッシーニは声の美しさを大事にするし、しかも伝統的なオペラを書いた。格式があるオペラを大事にした人でもあり…
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イタリア・オペラ(57)オペラをみる方法と値段?

オペラは東京なら見に行ける。地方都市だと、i以前は東欧圏のオペラ劇場が行ったし、今はイタリア田舎都市もこれに加わり、市民オペラなどもある。でも大抵は同じような有名曲ばからイタリア・オペラの端にふれたにすぎない。大勢の人を集めるにはそういうことになるのだろう。 東京にいる私はどうしているか、説明する。 お金をかけない方法は他人にテープ…
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イタリア・オペラ史(56)無益な用心

一昨日ロッシーニの「セビリアの理髪師(無益な用心)」を新国立劇場でみてきた。 続けて読んでくださっている人はくどいと思われるだろうが、またロッシーニに戻る。二カ月も彼の周りに話題が停滞している。活動期が20年ずれているが、モーツアルトも天才ならこの人も天才、シンホニーやソナタではなく、オペラが中心のせいか、日本では軽く見られているから…
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イタリア・オペラ史(55)演歌調のオペラ

美声願望3人のうち、ロッシーニは少し違っている。私の好みではロッシーニは別にしたいけど、世の中は3人をまとめる。私がいいたい違いは、簡単にいうと、感情の直接表現をロッシーニは避けることだ。これは伝統的オペラの作り方に従ったやりかたである。露骨な言い方は品性を損なうと伝統オペラでは思っている。感情を歌に込めると極端な場合、演歌調になる。ロ…
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イタリア・オペラ史(54)筋があるのがオペラ

ベートーヴェンは1770年誕生、ロッシーニやドニゼッテイ、ベルリーニは1792,97,01年の誕生だ。ベートーヴェンは晩生で、30歳過ぎてから世に出たから早世の彼らと活躍した時期はあまり違わない。彼はオペラを1曲し書かなかったけど、ロッシーニは70曲も書いたが、交響曲は2、ベートーヴェンは9。これら以外の分野でも沢山作曲しているのは4人…
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イタリア・オペラ史(52)ほれさせ薬ってあるかな

気のない女性に関心をもたせる、これは古今東西、特に男性の願いだし、そんな薬がないかとの夢を皆持つ。片思い患者の妙薬である。薬で恋を誘引するのは、医学では努力していないようだし、媚薬などあるとしても、実態は知らない。オペラではなかなかの課題で、傑作は幾つかあるが、ワグナーの「トリスタンとイゾルデ」それに今話題としているドニゼッテイの「愛の…
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イタリア・オペラ史(50)美声だけのオペラ(清教徒)

オペラはアリア(歌のこと)をつなげただけではない。レシタチーボ(語り)もあって、状況説明をしていることは何度か書いたけど、時代によってこのバランスが随分違う。ベッリーニのオペラは、モーツアルトやロッシーニに比べ、歌の割合が多いように私は思う(特に「清教徒」)。これは言葉がわからない日本人には聞いていて有利。 どんなオペラも今は字幕つき…
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イタリアオペラ史(49)適性,マリア・カラス

アリア・カラスという、1世紀は風靡しそうな才能が現れたのは不思議でならない。美声というのは天性だけど、自分の声がオペラの歴史の中でどの時代の作品に一番合っているか、そんなことを考えたという方が天才の仕事だと私には思える。 ヨーロッパの歴史は積み重ねだとは言っても、人気は一時期、ほんの一〇年だろう。それが過ぎると忘れられてしまう。大人気…
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イタリアオペラ史(48)ドラマらしくなった

ロッシーニまでのオペラだって筋はあった。でも結論はわかっている昔話が多かった(セリア・オペラ)し、たわいのない、身分違いの結婚を扱うなど(オペラ・ブッファ)のコミックだった。ここにも新しい領域があったのを、ベッリーニが気がついた。これは余り言われていないけど、次に登場する大作曲家ヴェルデイのさきがけになる仕事をやった。 「ノルマ」とい…
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イタリア・オペラ史(47)美声はいいね

<ロッシーニの後に現れたベルリーニは困った。だって何処に行ってもロッシーニ、ロッシーニ。人気抜群で、オペラのノリがいい。ロッシーニは引退していても、劇場では生きている。それに打ち勝つ方法が何かないか。当時は未だ摸作中だったが、突破した第一号が前回の「夢遊病の女」(ゾンブレラということもある)だった。ここでは二つキイがあったと私は思…
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イタリアオペラ史(46)狂乱の場

面白いものが流行った時期があるもので、オペラ好きでない人が知ったら、馬鹿じゃないと思うだろうけど、まあ好きな人は一度はきいてみる価値があるね。 マリア・カラス(1923~1977)という超名人がいて今もCDの売り場で女歌手の一番人気、彼女が歌っていたのは1950年台だから、50年も昔、しかもロッシーニのように30台後半でオペラの現役を…
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イタリアオペラ史(45)次に何がでた

ロッシーニの生まれは1792年、モーツアルトが死んだのは1791年だが12月5日、その85日あとにロッシーニが生まれ、その次の天才ベルリーニが生まれたのは1801年、彼が名作「夢遊病の女」と「ノルマ」を書いたのは1831年。ロッシーニ最後のオペラ「ウイリアムテル」は1829年作だから、時間の差は誤差のうち。だけど聞いた感じは全く違う。 …
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イタリア・オペラ史(44)37歳で引退

音楽の天才が死ぬのは35歳前後が多い。例えばモーツアルト、シューベルト、彼らほど有名ではないけど、ベルリーニ。それがロッシーニは37歳で作曲をやめてしまったのだから、自分を天才と思って、大事をとったのかな。 そうではないと私は思う。彼はやることがなくなったんだ。天才は己を知っていたんだ。自分はもうはやらなくなる、だから止めようと思った…
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イタリア・オペラ史(43)マジなオペラもある。

オペラ・ブッフアはふざけたオペラの意味、本来オペラはセリア、真面目なもの。ギリシャ悲劇を再現しようなどという、途方もない夢で始めたのだから。 ロッシーニはふざけたオペラばっかりを書いたかというと、そうでもないんだ。37歳でオペラを書かなくなるんだけど、その数年前からは急に真面目なオペラが多くなる。真面目というのは難しい定義だけど、特色…
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イタリア・オペラ史(42)シンデレラをギャグに

オペラにブッファと呼ぶ喜劇があるのは前にふれたと思うけど、「シンデレラ」だってロッシーニにかかってはギャグになる。 シンデレラには母違いの姉が二人いる。王子の花嫁候補は男爵の娘としてこっちの方が有力だったし、当人たちもその気でいた。父もそれを望んでいた。シンデレラは灰かぶり娘で、普段から差別されている。 ロッシーニが着目したのはここ…
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イタリア・オペラ史(42)オペラのギャグ

劇画のようなオペラを書いた人がいます。オペラの演出をアニメ仕立てにするのは近頃流行の一つですが、それに馴染む作曲家と馴染まぬ作曲家がいます。ヘンデルは大真面目な人なのによくアニメ演出を受けます。ロッシーニはアニメ化しやすい筈なのに面白いのを見たことはありません。 古い映画化オペラで名匠ポネルの「セビリアの理髪師」があるけど、これは見事…
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イタリア・オペラ史(41)ロッシーニ音楽祭

イタリアの長靴の中央、フクラハギのカカト側にペーザロがあります。ここはロッシーニが生まれたところです。8歳くらいまでしかいなかったけど、大分昔からロッシーニを利用して村起しをしたので、今ではロッシーニ音楽のメッカになっています。そこでの音楽祭は人気があって、 去年行きましたが切符が手に入りにくいほどです。2週間ほどロッシーニのオペラや…
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イタリア・オペラ史(40)ブレゲンツ音楽祭

ザルツブルグ音楽祭は1920年に始まったそうです。私より年寄りです。モーツァルトだけの音楽祭ではなく、色々な音楽を取り上げ、斬新な角度で披露しています。ヨーロッパの夏は短く、普段は日照が足りない地方ですから、6~8月屋外で何をやるか、とても大事にします。8月末は日本の秋に相当するし、すぐに冬がきます。 夏の間、空気がよく、日が当たる地…
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イタリア・オペラ史(39)今年のザルツブルグ

ザルツブルグ祝祭劇場の紹介をします。演目によっては50万円もチケットに値がついたという。 右が祝祭大劇場、左がフェルゼンライトシューレです。外見はわかりにくいけれど、モーツアルトホールが間にあります。こんな馬小屋のように横に長い音楽会場、オペラハウスはヨーロッパでは希です。どうしてこうなったか、後ろの山が迫っているからです。舞台は山を…
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イタリア・オペラ史(38)今年のザルツブルグ

これがザルツブルグ音楽祭のホワイエです。つまり、音楽会場へ入る前の待合室です。フェルゼンライト・シューレという3つのうちの一つで、収容人員は1500名程度。それなのにこんなゆったりしたホワイエがあります。ワインを飲んでいる人もいて、みんな日常性から離れるのを心がけでいるようです。これが日本の音楽会と大変違うところです。服装も改まって…
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イタリア・オペラ史(37)今年のザルツブルグ

今年は彼の生誕250年で、彼の生誕地ザルツブルグは大変な賑わいであった。毎年夏、音楽祭で賑わうか今年は格別で市内にホテルをとるのは至難ときいた。彼が生まれた家はゲトライデ・ガッセにあうるが、そこはいつも新宿並の賑わいだった。私は3日間滞在したが3日とも同じだった。 彼の家は貧しい。下の写真の奥の黄色いビルが彼の家があったところ、これは…
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イタリア・オペラ史(23)

(モーツアルトのオペラはまだある)コシ・ファン・トッテ(女はみんなこうしたもの)というオペラは昔不謹慎と思われていたが、今は人気抜群。老哲学者が若者二人に、訓戒する。「恋人を信じすぎないように。」今だったら×一だの元彼だのと言った言葉が流行るから、恋人を信じるのも一過性という認識はある。それでも、恋の最中に、女性が他に恋人を作るというの…
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