テーマ:クラシック音楽

1戦後;6・3制教育

1945年8月、日本は英米ソ中国との戦争に負け、全面降伏しました。そしてアメリカを中心とした連合国軍隊が9月早々東京など大都市を占領しました。東京の日比谷にはGHQという「総司令部」(指令長官は米軍のマッカーサー)が置かれ、日本の行政機関は彼らの命令に従って動くことになりました。命令とは敗戦国が有無を言わさず戦勝国に従わさせられることで…
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マーラーの憂愁(6)名曲・第五交響曲

ここで初めて歌のない交響曲が登場します。この第五で、私は何故かのびのびした気持ちになれます。管が中心で歌いまくるせいでしょうか。歌が入るとオーケストラの部分が影響をうけ、オーケストラ部の製作が締め付けられていたのではないか、と思えるほどです。 私が最初に思いついたわけではありませんが、ベートーヴェンの時代、理性が全てを支配できると…
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マーラーの躁鬱(5)歌曲つき管弦楽

第4で、歌曲つきのシンホニーをおえます、彼は平行して、オケ伴つきの歌曲をかきました。第4が完成する以前(1900年まで)の作品には「さすらう若人の歌」(1884~)「少年の魔法の角笛」(1,892~93、00、05)「亡き子をしのぶ歌」以後は(1901,4,5)「リュッケルトの詩による5つの歌」(1901~2)があり、すべてが名曲で…
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マーラーの躁鬱(4)第4交響曲

この曲には仇名はないが、マーラーには珍しく短いLP1枚に入るので、初心者のときには聞きやすい。其れに終楽章の歌曲が美しいも一層曲を聴きやすくしてくれるので、マーラー入門には格好である。 マーラー交響曲は1番から4番までは歌を含み、8番(千人の交響曲)以外5番から9番までは歌を含まないという特徴である。 この曲にはアイロニカルなところ…
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マーラーの躁鬱(3)第3交響曲

第二が「復活」の名でしられ、心の問題を扱ったとすれば、第3は「自然」を扱ったとされています。それはマーラー自身がつけた表題に由来しています。もっともそれは印刷するときには消されていたそうですが、内容を適切に表現しているので、今も屡引用されています。 第一章 「夏の朝の夢」 第一部序奏 牧神(バーン)は目覚める 第二部 第一章…
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マーラーの躁鬱(2)第二交響曲

『復活」という通称で知られています。第一が一応『巨人」として有名なら『復活」はそれに匹敵するほど有名です。彼が『巨人』の仇名を取り消し、 代わって「巨人lを生物、特に格別な人として理解するなら、「復活」は若干叙事的ですが、人の動きと関わる華麗な響きに満ちているのは認めざるをえません。しかし客観的とは言い切れず、単なる人間の喜びの表現とと…
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マーラーの躁鬱(1)第一交響曲

ブルックナーとマーラーの間には微妙な関係がある。ブルックナーはマーラーの師に相当するが、ブルックナーの和声学の講義をマーラーが聞いた記録はない。1877年12月16日に行われたブルックナーの第3交響曲の初演の場にマーラーが居合わせた。聴衆の大半が中途で退席したという大失敗の演奏会だったが、最後まで拍手を送り続けた一人がマーラーだった…
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ブルックナーの朴訥(5)交響曲の演奏

ブルックナーの交響曲は第4で始まり、二つにわかれ、第4は第6、第7と長調に発展し、第5、第8といかにもブルックナー的な発展を遂げるといわれている。しかし、第4は全ての根源で、上記二つの傾向にわかれるとする考えもないでもない。 第6と第7は天国に拡散したエーテルの響きに終始、第5第8は自然にせまりくる巨石に無限の流れだ。これら諸相は巨大…
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ブルックナーの朴訥(4)交響曲の献呈

ブルックナーの音楽は九つとも聴きなれないうちはみんな同じに聞こえます。ベートーヴェンのように各曲に個性がありません。彼の言によればベートーヴェンの第九がお手本だそうですから。それほど第九が理想になる、とみればいいですが、どうも雑に聞くと、みんな同じになってしまうか、せいぜい二つの型しかみえないと考えるようになり、彼の作った宝物に…
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チオフィの椿姫(2月17日)

珍しく未だ来日しない*1一級ソプラノ、パトリツイア・チョフィーがとうとう新国立オペラに顔をみせましたそれも素晴らしいデビューでした。今時イタリア人で「椿姫」を歌える最高の人です。2008年6月新国立でのエレナ・モシュクはルーマニア人、去年東京文化会館でのデセイはフランス人でした。可笑しなグローバル化ですね。*2 イントロの宴会の舞台、…
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大野和士の「トリスタン」

                ワーグナーが見た「トリスタンとイゾルデ」(1865) この長大な曲が日本人の手で演奏されたことは嬉しい話です。2時開演,8時閉演でした。休憩が2回各45分あったにしても、4時間半の上演です。 大野さんはオペラの分野では、世界の10の指に数えられないかも知れませんが、次の10人には確実に数えられる人です…
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イタリア・オペラ史(125)「レーニャの戦い」革命3部作

イタリアが外国の干渉で細かく分断されていたのはロッシーニの時代もそうでしたが、50年たったヴェルディのときには末期を向かえました。民族意識が高揚し、それが民衆的なオペラに反映したのは当然です。「ナブッコ」「第一回十字軍のロンバルジア人」と並べ、「レーニアの戦い」は革命3部作と呼ばれます。これはドイツの侵略を防ぐミラノの戦いですから、前2…
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イタリア・オペラ史(124)十字軍のロンバルディア人(イエルサレム)

イタリアが外国に支配され、分断されていた時期、オペラは愛国主義と深く結びつきました。「君が代」を学校で歌うよう文部省指示がでますが、歌には人の心を一つにする力があります。1843年当時、オペラは大衆娯楽でもありましたから、民衆の力が必要であった愛国主義運動で、オペラが重要な役を果たしたようです。「ナブッコ」がそんな役にたったのは確かです…
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イタリア・オペラ史(123)行け我が思いよ金色の翼にのって

表題の言葉はオペラの題名より有名。ヴェルデイのオペラ「ナブッコ」の合唱の一節です。ナブッコは、「椿姫」のヴェルデイの第3作で、出世作です。 エルサレムは今イスラエル領。そこが色々な宗教の聖地ですが、ヘブライ人(ユダヤ教徒)は紀元前6世紀に住んでいましたた。今のイラク領を中心にバビロニア王国(アッシリァ人)が勢力をもち、エルサレムに攻め…
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イタリア・オペラ史(122)老人の恋「ドン・パスクワーレ」

老人が若い女性に恋をする話はオペラに格好の題材です。「セビリアの理髪師」がそうでした。この「ドン・パスクワーレ」もそうで、このあと、ヴェルディは「ファルスタッフ」を書いています。3つとも傑作ですし、ブッファに近いけれど、あとの二つは老いの孤独を扱っていて、死と向き合っていますからセリア以上にセリアといえます。。 「ドン・パスクワー…
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イタリア・オペラ史(121)「シャムニーのリンダ」(神の恩寵)

ドニゼッティーのオペラでは1840年頃から神の話題が重要になります。これは1842年の作。既出の「ラ・ファアボリータ」は1840年末。どちらも直接信仰を扱ってはいないが、神との関わりが感じられます。これはハッピーエンドの作品ですが、人には定められた運命があるのを示したいように私は感じます。ドニゼッティーは絶頂期の数年前女性遊びをして梅毒…
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イタリア・オペラ史(120)「ラ・ファボリータ」は聖談?

スペインを舞台としたナポリ・オペラは珍しいと私は思います。政治的に近いから差しさわりが多いのかもしれません。スペインは宗教的な国だし、そこを舞台としてもつまらない話しになル筈ですが、ドニゼッテイはあえて挑戦しました。その前に「ポリウード」という聖人を扱ったオペラを書きましたが、ナポリの検閲官が「恐れ多い話しを下賎なオペラで扱うな」と禁止…
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イタリア・オペラ史(118)「ロベルト・デブリュー」愛ゆえの処刑

> 晩年のドニゼッティ自画像  「アンナ・ボレーナ」「マリア・スチュアルダ」とともに女王3部作と呼ばれているものです。そのうち二つが女王エリザベート1世の話し。彼女は1600年ごろの女王、施政者としてに力量とともに色恋沙汰でも天下に名を知らしめました。ロッシーニにも「女王エリザベッタ」という名作がおりますが、これは同じ女王を扱っ…
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イタリア・オペラ史(119)「連隊の娘」パリ転居

悲しい思いや不誠実に出会うと、そこから消えてしまいたくなるのは誰も同じでしょう。ドニゼッティは妻子の死に加え、親しい歌手ヌリのために書いたオペラの検閲と不許可、さらにはナポリとミラノの音楽院の学長就任への不誠実な対応など、嫌になる出来事が重なって、1838年10月9日ナポリの家をそのままにして、船で、「パリへ散歩」(彼の言葉)にでてしま…
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イタリア・オペラ史(117)「ピーア・デ・トロメイ」

1260年、中世イタリア・トスカーナの悲しい小さな話です。フィレンツェの南、美しい都市シェーナでおきた話。党派間の争いに巻き込まれた貞淑な妻の悲劇。 「トロメイ家から嫁にきたピーア、亭主ネッロは党派間の争い解消を願ってグェルフィ党から妻をもらったが、妻の弟ロドリーゴは変らずグェルフィ党、争いは残り、両者の戦いにまで発展する。ドニゼ…
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イタリア・オペラ史(116)狂乱の代表「ランメルモールのルチア」

ネットの衛星写真を穴のあくほど見つめる。スコットランドの南東、イングランドと国境近くにコックバーンズパスという都市がある。そこから西南西に50キロ、ランマームーア 丘陵が続く。キャスル・パーク・ゴルフ・コースの見えるあたり、その南に広がる台地が、ランメルムアー丘陵だろう。昔もキャスル・ガーデンという名があった。しかし写真にキャスルは見あ…
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イタリア・オペラ史(115)「マリン・ファリエーロ」(総統の革命)

ローマの1000年王国は有名ですが、ヴェネチアも500から1900年まで共和国を築きます。その半ば1355年の実話で、総統が貴族社会の腐敗を嘆き、革命を意図するが裏切られ、処刑される史実です。バイロン(1828年作)の戯曲をデラヴィーニェが翻案し、オペラの台本としたのは最終的にルッフィーニです。 「貴族ステーノが自分の注文したゴン…
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イタリア・オペラ史(114)女王の断首刑「マリーア・ストゥアルダ」

  ナポリ サンカルロ歌劇場 イングランドとスコットランドは地続きです。今はスコットランドの首都エジンバラとロンドンは特急でつながっています。しかし二つの国は民族的にも違うから、一緒になるには長い年月が必要でした。それにイングランドは昔ローマに占領され、文明が高いとの自負があります。15~16世紀は争いの最中でした。このオペラは…
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イタリア・オペラ史(113)妖艶な后「ルクレチア・ボルジア」

ボルジアは法王の一族です。父アレクサンドル6世は一世を風靡した大法王でした。彼が人妻ヴァノッァと恋をし、産んだ4人の子供の3番目がルクレチア1480年生です。ヴァノッサの子供は皆政争の具となりました。 ルクレチアは13歳のとき、ナポリと関係があるペーザロ伯爵スフォルツァと結婚します。華やかな宴とは裏腹に、花嫁の生活は前日までとかわらず…
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イタリア・オペラ史(112)「愛の妙薬」(ドニゼッティの惚れ薬)

バスク地方の話し。恋を誘う媚薬の話は沢山ありますが、これほど微笑ましいオペラはないし、作中に出てくる「トリスタンとイゾルデ」も媚薬の話です.。当時ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」は未だ出来ていません。ドニゼッティは誰にもかけない優れたブッファを書く才能をもっているらしく、晩年にも「ドン・パスクワーレ」を書いています。 「ア…
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イタリア・オペラ(111)「アンナ・ボレーナ」(ドニゼッティ)

ガエダーノ・ドニゼッティ(1797~1848)はイタリア北部のベルガモで11月29日に生まれました。正しくいうと、そこは当時オーストリア領でした。彼が生まれた年、ベルガモ共和国が3月~7月にはあったのですが、その前はヴェネチア国、それ以後はチザルピーナ共和国となり、オーストリアの支配下にあったのです。騒然たる社会の貧しい家庭にガエダーノ…
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イタリア・オペラ史(110)「清教徒」

「清教徒」はイギリスを思わせる名前。17世紀に議会政治が危機に瀕したとき、王党派に対抗した議会派が清教徒でした。だからこのオペラが宗教的或いは政治的かというと、殆んど関係はありません。「夢遊病の女」のように狂乱を売り物にするオペラです。政治的にはいい加減。 本来は専制的政治で議会を無視して政治を進める王に対し、強烈な反対をする議会派が…
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イタリア・オペラ(109)べッリーニの「ロメオとジュリエット」

本当の題名は「カプレーティ家とモンテッキ家」。シェクスピアの「ロメオとジュリエット」は原作がバンデロのかいた小説とされていますが、これはダ・ポルトの小説「ロメオとジュリエット」に由来しているそうです。だから違う話であって当然です。前に「オテロ」の話しにでましたが、当時イタリアはシェクスピアーに日本程の知名度がなかったから、同名異話がよく…
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イタリア・オペラ(108)「夢遊病の女」(ベッリーニ作)

若い美人が意識を失ってさすらう、という姿は魅力的ではありませんか。このオペラでは野原で夜を明かしたり、婚約しているのに、他の男性の館のベットに入りこんでしまう夢遊女。幽霊が出るという噂は彼女が正体と分かって、そのため起こる混乱がオペラの主題です。ハッピーエンドになるからブッファのようにもとれますが・・・・。曲はショパンの夜想曲に例えられ…
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イタリア・オペラ(107)傑作、「ノルマ」(ベッリーニ)

巫女がオペラの主役に登場してくるのは、余りなかったことでしょう。古代の話しでは神話とか英雄が普通でした。巫女はヨーロッパの主流ではない、ケルト人を連想させます。神秘の世界です。べりリーニはオペラの中に非日常的な世界を入れました。それは深い森から生まれたドイツのロマン派と似た世界と私は思います。 「時代は紀元前50年、もう古代国家ロ…
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