シューマン(12)「ゲーテのファウストからの情景」

画像
2008年制作のCDから
シューマンの作品紹介をしてきたが、最後に残ったのはこの曲、アーノンクールとコンチェルトセルトヘボヘボーのSACDそれにアバートとベルリン・フィルのCDの二組が残った。こんな日本で無名の曲を紹介しても読み手はいないと思いながら、、LPプレイヤーを修理していたので、この二組をかけてみて驚いた。今まで紹介してきたシューマンの作品とは全く違う。これを紹介しないのはシューママン紹介としては欠点だと思ったので、2枚のCDを繰り返しかけてみた。凄く心に残ったので、その印象を綴ることにした。もう少し我慢していただきたい。
この作品はシューマン最晩年の作品1844~53年の作です。死は56年。同期間には交響曲第2と3番が書かれ、 「ゲノフェーファ」も同時期ですが、「ファウストからの情景」は規模からいって作曲家の勢力が最も集中された作品といえるそうです。完成に10年かかったそうです。
ストーリーの概要はこうです。曲の一部は原作の「ファウスト第一部」に相当します。第1曲では、すべてグレートヒェンのエピソードからとられています。グレートヒェンはファウストに恋をし、彼と逢引をするため親からもらった睡眠薬を誤って母親に多量に飲ませしなせてしまう。その上彼の子を宿して、と曲は展開します。第2部は原作第2部第1幕の冒頭の「風雅の地」、それに原作第5部の「真夜中」、「宮殿」の「大きな前庭」に相当します。この曲「ファウストからの情景」第1部の最後で、嬰児殺しの罪で牢につながれたグレーテイヘンは自分の罪を深く自覚して死にます。それに責任を感じたファウストは疲労困憊のあまりアルプスの「典雅」の山中で深い眠りに陥っています。それをアリエールや妖精たちが慰める。そして彼は元気を取り戻す。深い悔恨の念にとらわれたファウストは海沿いの荒地の沼を開拓して、そこに自由な人の住む「自由の国」を建設しようとします。そのため彼はメフィストフェレスと縁を切りたいとおもう。その弱みに付け込んだのが「灰色の女達」で、「真夜中」がメフィストとその女達との闘いの場となり、彼は「憂愁の女達」(灰色の女達)によって視力を失います。視力を失ったフアウストはそれでも理想の国土の建設を推し進める。そして心眼のなかで美しくなっていく国を創造しながら、「すべてよ止まれ、おまえはこのうえなく美しい」という。{宮殿の大きな前庭}}ファウストがこの言葉を言ったとき、メフィストとの契約で命を奪われることになっていた。そしてファウストは死ぬ。
第3部第2幕の第5部の山峡。岩、荒地の後半部に相当します。ここでファウストと嬰児殺しグレーチヘンは、やはり罪をおかして悔悟したマグナダのマリアらとともに聖母に救済され、永遠の生を受けることになります。

これはオラトリオと呼ばれています。ドイツ・オペラのように延々と続く、会話と、それに呼応するオーケストラでなりたち、退屈ではありますが、二つと聞けない音楽です。この音響に身をゆだねていると、何か新しい世界に導かれるような気がします。そこに興味は見つけられませんが。シューマンが好きなら一度は聞くべきと私は思いました。

私が持っているのはアーノンクール・コンセルトヘボーとアバド・ベルリンフィルです。予想外ですが、前者はゆっくりしたテンポなのです。後者はターフェル、マッテイラ、ボニーらも大スター歌手をつかっています。この野心的な大指揮者が紹介した苦労は多とすべきでしょう。二人ともここ10年間に,他界したのは「ファウストの死」のように思われてなりません。
画像
1994年制作のCDから(この年の暮のジルベスターでもやっている。)

"シューマン(12)「ゲーテのファウストからの情景」" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント