ヘンデル(15)オラトリオ「サウル」2(H41)

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                    ブリューゲル「サウルの死」
ヘンデルのオラトリオではメサイア(救世主)だけが有名で、30曲ある他の曲は名前さえ知られていませんが、多くが大変な魔力をもちます。私は「サウル」がこんなに面白いとは思いませんでした。前回説明したようにこれは旧訳聖書にあるサミュエル伝からとった話で、ダビデの人気にサウルが焼餅をやき、嫉妬に狂いダビデを殺害しようと思ったが、成功せず、大衆からも身内からも揶揄され、孤独に苛まれ、魔女を通して地獄から師サミュエルを呼び出すほどで、ついに死ぬ話です。
ヘンデルは信仰が厚い人とは言えなかったようで、この内容は台本をかいたジェネンスに強く負うていると思います。そこでは初期のイスラエル人の信仰が示されます。
このオラトリオの魔力の秘密の一つは第一幕にあります。第一場が次の合唱ではじまります。
「何と御名の素晴らしいことか、ああ主よ、
そのことは全世界に知れ渡っています。
あらゆる天のそのまた上にある崇められたる
王よ、あなた様は天の栄光の王座をお据えに
なりました。

これはルース・スミス著の「チャールズ・ジェネンズ」を翻訳された赤井勝也氏によるものです。神の意思のままに人間が振舞う信仰が表現されています。アーノンクールのCDでは第1場の最後にハレルヤの合唱があります。これは上のイントロを読むと納得がいきますが、後続のどろどろした話の筋を思うと意想外です。「ハレルヤの合唱」は、アーノンクールのCD添付のパンフにはあります。Scien1の最後はハレルヤで終わっています。ハレルヤは有名なハレルヤコーラスと同じメロデイーです。

No4 Chorus:The youth insupir’d by thee,o lord
No5 Chorus:How excellent thy name o lord …hallelujah(主はな何と優れた名か、ハレルヤ)
No4 貴方様により霊感を受けた若者が、ああ主よあの傲慢な男をやすやすと打ち倒し
ーー消え失せかけたわれらの勇気はたちまちに蘇りーー神を畏れね者どもを猛然と追い立てました
No5 何と御名の素晴らしいことか、ああ主よ、そのことは全世界に知れ渡っています。
あらゆる天の、そのまた上に、あなた様はその栄光の玉座をお裾えになりました。ハレルヤ

この場面に何気なくきづき、スミスの著作を読んで作曲の経過が想像できました。

「サウル」の台本は大分前にジェネンスが書いて渡したものだそうですが、ヘンデルの作曲は遅れ、オラトリオ「メサイア」を書く直前になってやっと書き上げました。両者は密接な関係があって当然です。始めは「サウル」の台本の第3部にヘンデルは「ハレルヤ」をいれたそうですが、アンバランスをジェニングスが指摘し、強く反対したので、ヘンデルも強行することが出来なくなりました。この間の事情はスミスのの著作にあります。(p82)
ホグウッドの「ヘンデル」によると、ジェニングズはガンジー卿に送った手紙の中で次のように指摘しています。
「ヘンデル氏は以前よりもはるかに奇抜なアイデアに満ちています。昨日彼の部屋には大変風変りな楽器がありました。彼はそれをカリオンと呼んでいますーーーーー
第三の奇抜なアイデアはハレルヤです。彼は私が田舎に行ったあとでこのオラトリオの最後にそれを加えたのです。オラトリオの最後が貧弱だというのです。もしそうだとしてもそれは彼の誤りです。――――このハレルヤは立派ではありますがそれまでの音楽の流れと何の脈絡もなく、まったく無意味なものになっています。また彼は作品があまりにも長くなりすぎるという理由で私が最適の位置としてこのオラトリオの最初のコーラスのあとにおいたハレルヤの作曲を拒否したのです。」(ホグウッド著「ヘンデル」p268)

私が思うにここに「ハレルヤを入れることにヘンデルは対抗したのでしょう。全体の意味が彼の意図と違ってしまうとおもったのでしょう。つまりジェニングスと意見が違ったのです。

長い抵抗のあとで結局ヘンデルはジェニングズの意見をいれたそうです。
サウルでの「ハレルヤ」はオラトリオの背景にある神の偉大さを感じさせる大切な文句であり、オラトリオ「サウル」を支える安定感となっている「ハレルヤ」、合唱は入れるべきでしょう。ハレルヤがなければこのオラトリオは信仰とは関係のない、「魔弾の射手」のような暗いオペラ(オラトリオ)となるでしょう。
サウル初演1739年1月
メサイア初演1742年4月
であるのを思うと、「サウル」の「ハレルヤ」が大うけしたら「メサイア」のハレルヤは霞んだかもしれません。純宗教音楽としての【メサイア】の勝利を改めて思うことです。

こんな経過を思いながらオラトリオ「サウル」を聞くと、音楽として面白く、しかも通俗性にも富んでいるのがわかります。上記カリオンは大衆がサウルを揶揄するとことに使われていますし、魔女を訪ねて「サミュエルに会わせてくれ」と頼む所の不気味さなどロマン派を思わせます。要するにこのオラトリオにオペラのようなドラマを感じるのは私だけでしょうか。
ヘンデルのオラトリオ30曲のうち「メサイア」以外に強い宗教性は少なく、それらオラトリオが全く無視されている日本の現状は異常です。せめて台本の和訳でも出ればと願いますが、上記赤井氏の労作以外出版されていないのも異常ですし、画像化されたオラトリオにも日本語のついたものが全くないのは残念だけではなく、日本文化の底の浅さを露呈したようで恥ずかしいことです。
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                   コジュナー
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                  デセイ
オペラから、オラトリオからソプラノ大歌手が取り上げたヘンデル歌曲の輸入盤CDが数多くあります。私の持っているものを少しあげておきます。マグダレーナ・コジュナー;ヘンデルのアリア11曲:ルネ・フレミング;ヘンデル歌曲集16曲:クリステイーナ・シェファー;オペラ「アルチーナ」から20曲:ナタリー・デセイ;オペラ「クレオパトラ」から19曲:チェチーリア・バルトリ;(禁じられたオペラ)に4曲:など。ウッセリーナ・カサロバ;(カサロバのマジック)に3曲

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