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zoom RSS J−1クラシック(スタックスオーデイオへの道)

<<   作成日時 : 2019/01/14 10:43   >>

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学部の最後の年から育英会の奨学金をもらいましたが、月2千円では小遣い程度です。それが大学院に進むとかなり増額され、少しゆとりが出来たのを幸いに、オーデオ装置を作ってもらいました。院に入った次の年だと思います。大日本塗料(株)の天田さんという、レコード通に常識的なアンプ作成を頼んだのでした。天田さんとの交誼は同じ会社に私の中学の友人西田がいたからで、昭和31年(1956年頃)です。当時シェラックのSPからビニールのLPへと盤が変化し、在来盤の1面5分頑張って30分へと長時間演奏録音が可能になった時です。音質も断然向上しました。これはHiF化と呼ばれましたが、私のはレベルは低いがその駆け出しです。
当時装置は自作するのが普通で自作できない私は天田さに頼んだわけです。出来上がったものはこんな構成でした。レコード盤から音を拾う器具がピックアップ(プリモp163)、プリモには電圧を生む目的で針先にクリスタルがついていました。クリスタルというのは針の振動を拾う鉱物の結晶の名で、鉱物結晶がある軸にたわむ力を加えると電圧が生ずるのです。結晶としてロッシェル塩やセラミックなどが使われていました。それから生まれる電圧は比較的大きかったものの増幅する必要があり、アンプが要ります。.真空管が使われ、特に電流を大きくするためにはいろいろありましたが、私のは安い6BM8という真空管でした。増幅した電流はスピーカーのコイルを流れ、周辺にあるスピーカ内磁石を動かし、磁石のついたコーン紙をゆすって音にするのですが、スピーカーは人間の感覚と直接関係するので、こだわる所で、私のは当時無難とされたグッドマンのaxiomという名のもので、これをボックスにとりつけました。今コレクションにありますが、買ったのは可也年をとってからです。これが後年スタックス株式会社との生涯の交流の縁となり、私のハイファイへの入門となったのは当時思いもつかないことでした。スタックスのは針から音を拾い出す方式が全く違い、より正確な再生が出来ます。
1950年頃の録音にベートーヴェンのV協(ワルター指揮、ニューヨークシィル)を買ったのは後年です。その他合計15枚のLPを今もっています。シゲティは20世紀前半の作曲者の演奏を得意とし、中でもプロコフィエフが優れていましたから、数枚あります。またバルトークとも仲が良く、彼とともに演奏したものももっています。他の作曲家は殆どありませんが、ブラームスはヴァイオリン協奏曲など4回も録音していて2枚もっています。
殆どのシゲッテイを買ったつもりでしたが、CDとなって復刻されたシゲティ演奏に改めてない多さに驚きました。買ったCDだけで20枚もあります。勿論LPとして発売されていてもCDでも昨年10枚1000円という安値で買ったmembranと言う会社のCDは注目に値します。CD化したものなのに抜群に音がいいのです。勿論モノラル盤です。(シゲティにはステレオはありません。)(1940年以降60年までが中心で、中でも50年ごろのカザルス競演がおおいようです。

 LPの登場
LP盤は当時でさえ3000円に近い値段でしたが、最初に買った数枚のLPにシゲッティのヴァイオリン協奏曲が入っていたのは確かです。勿論感動しましたがモーツァルトの裏面のプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番(columbiaWL5054輸入盤)にも強く引かれたのは予想外でした。次に買ったシゲテイはベートーヴェンのヴィオリンソナタ5番と6番(columbia 5113輸入盤)で、ホルショフスキーとの名演です。
この頃はなけなしのお金で買ったのでこれが全て、同情してか、既に勤めていた妹が数枚買ってくれました。その中には1953年(昭和28年)に死んだフルトヴェングラーとメニューインが競演したベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲があったのを憶えています。
1958年(昭和33年頃)のシゲティは晩年ですが一連のLPを出していますが、その一つにラベル、プロコフィエフなど現代物があり、これは当時入手しましたが、その頃出た一連のLP群(ブラームスやプロコフィエフのV協、ソナタ、バッハの無伴奏ソナタ)音楽祭のものが圧巻です。古くは1930年頃のもあります)

録音方式の変化
1930年と1950年が似た音で聞けるのは不思議です。両者は録音方式が全く違うのです。演奏のマイクを通し、調整した音の扱いがこの期間に変化したのです。テープに録音する技術が生まれました。これは1930年と1940年の間に発達したそうです。1930年以前はマイクからの調整した音を、ワックスという蝋で出来た円盤に切り込み(カッティングという)、出来た蝋盤をレコードにハンコウのように押したのです。録音を失敗すれば、音をとるところからやり直し。新しい方式は原則今のテープと同じ。二つの方法は全く違った音になります。テープは長時間の録音が可能ですが、ワックス盤は数分です。membranのCDは両方を含んでいます。1929年にはブロッホのニーグンという数分1曲だけですが、私が感動した1934年のモーツアルトのV協第4番も含み(25分)、これはテープ録音でしょう。(昔Bidulfというレーベルででた小曲だけのものを数枚持っていますが、酷い音でした。思えばそれらは蝋盤だったのでしょう。)menbranでは後者の方が音はよいけれど、前者も捨てたものではありません。
一般的に言えば1929年から35年までの5年の差が音質のかなりの変化を生んだ筈です。私は1930年生まれなので感慨も一入です。
もしこの技術改革がなかったら、私の音楽趣味も生まれず、人生は寂しい物になったでしょう。人生は偶然の累積の面も強くあります。これはその一例でしょう

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