シューマン(6)ピアノ曲「交響的練習曲」

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名曲です。音大をでた女の子が卒業発表でひいたのを何度か聞いたことがありますが、結構楽しめました。この曲にはスポーツ的快感があるせいでしょう。ある時サントリーホルで、イーボ・ボルコレッチを聴きましたが、それは別の世界から流れ込んだ音楽でした。何が流れ込んだのか、後で彼のCDを買って聞いたら、それは他の演奏家とは違った世界でした。
1834~37年の作で以後名作がつずきます。主題と12の練習曲からできていますが、そのうち9曲が主題よりの変奏で、その変化がわかりやすいせいか、親しみやすい曲です。
そのわかりやすさが、音大出の女の子の演奏でも聞きやすい音楽にしあげます。最低限のスポーツ的快感さえ聞き手に与え、しかも曲の雄大さは誰にも快感を与えるのでしょう。
普通のピアニストの演奏では「悲壮変奏曲」と自身つけた別名のように悲しみが聞こえてきます。それは当時恋をしていたエルネスティーネをシューマンがあきらめなければならない状況にあったからです。作曲の動機が彼女の父親の旋律を彼が使い、作曲して父の好意をえようとしたことに由来しているせいかもしれません。結局、父の許しが得られず、作品の形成過程で、「絶望に気づいた」という話になり、作品は「悲劇変奏曲」になってしまう。

この作品もイーボ・ボゴレビッチの手にかかると、スポーツではなく、全く内面的な出来事になってしまいます。私は彼が常常、曲に異常な解釈をし、常識的でない演奏をするのが好きで、もう生を5回くらい聞いていますが、この曲も音大生とは正反対の曲に仕上げています。音に華やかさは全くない。イントロが弱音で入るところから異常だし、第6変奏の弱音も目につきました。全般的に強弱のコントラストの激しい演奏で、淫靡な音の楽しさだけでなく、この曲にひめられた悲しみまではっきりしてきました。いい演奏でした。
彼以外にはポリーニはよく歌うのが特徴で、シフは正当派でしたが、キーシンは並みの演奏です。シュミット―レオナルデイは知りませんでしたが、3Dの録音で、その特徴で、よい音がうりものとなっていました。それぞれが特徴的なCDとして私はもっていますが、面白さはボゴレビッチが抜けています。
 

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