イタリアバロック(11)バロックオペラはロマン派オペラとどう違う(H71)

普通のオペラファンが見ているのはロマン派オペラかモーツアルとのオペラ。今ヨーロッパではバロックオペラが大流行。バロックオペラは我々のオペラ感覚と違う。それで駄作が多いと決めつけるのは大損害だと私は思うので、少しバロック・オペラを考えてみます。
ここでは先ずロマン派オペラで試みたような(オペラの風景でのまとめ)オペラを読む立場をとってみます。オペラは原作、台本。音楽の3つからなる作品ですから、原作を読むのとは違います。台本だけでもわかりません。音楽をきいて感想をまとめるのとも違います。つまり「オペラを読む」という立場がいります。オペラから何が読めるか、ロマン派オペラでは7つの角度から読めたとまとめました。バロックオペラではどうでしょうか。次にこれまでに考察したバロックオペラの原文の出典をならべてみます。
バロックオペラはロマン派に比べ原作の種類が少ないのです。原作はアリオストと(16世紀の作品)と旧約聖書とギリシャ神話です。以下今回取り上げた全作品の原作を列挙します。
1)モンテヴェルディ
オルフェ(ギリシャ神話)、ポッペアの戴冠(ギリシャ神話、タキトス「年代記」117)、
ウリッセの帰還(ギリシャ神話)
2)リュリー
アティス(ギリシャ神話、オウデェウスの歳時歴)、アリミーダ(タッソー)
3)ラモー
カストールとポリュネクス(ギリシャ神話)、ル・パラダン(アリオスト1505年)
レ・ポレアード、優雅なインドの国々(台本作者の創作)、ゾロアストロ
4)パーセル
アーサー王(口承伝説)、ダイドーとエアネス(ヴェルギウス「ギリシャ神話」」)
5)ヘンデル
アルチーナ(アリオスト同上)、アレキサンダーの饗宴(旧訳聖書土師記)、シーザー(プッサーニ1677)、ロデリンダ(アリオスト同上)、テオドーラ(旧約聖書)、エフタ(旧約聖書)、サウル(旧約聖書)、ペルジャザール(旧約聖書)、セルセ(カヴァッリ作曲の台本を最使用1654年)、メサイア(旧約聖書)、セルセ(旧約聖書)、アリオダンテ(アリオスト同上)、オルランド「アリオスト同上」、タメラーノ(プラトン1675年)リナルド(アリオスト同上)
6)ペルコレージ
奥様女中(ネッリ1731年)
7)パイジェルロ
ニーナ(ヴィヴィティエールの伊訳1786年)、セビリアの理髪師(ボーマルシェ1775年)
8)チマローザ
秘密の結婚(コールマンラ1778年)
9)グルック
オルフェとエウレデイーチェ(ギリシャ神話)
10)サルエリ
ファルスタフ(シェクスピアー17世紀)、タラール(ボーマルシェ、アラビアンナイトから着想)
11)ハイドン
月の世界(ゴルドニーの台本、原本不明)、騎士オルランド(アリオスト同上)

これらを調べると台本の元になる原本に格別の特色があるとも思えません。身近にあって音楽をつけやすい文学作品を取り上げたに過ぎません。同一原作が再三とりあげられてさえいます。
オペラを読むという立場を取ると、ロマン派のオペラのような原本に特色が見られず、音楽的にみると、原作に味付けをする工夫は格別にはなく、全てが叙事詩として一括されそうです。ロマン派オペラで私が仕分けた、喜劇、メエロドラマ、メルフェン(伝説)、神話、背通話、寓話、への分類はここでは成り立たないようです。作曲家や台本作家の作品への姿勢がロマン派の場合多種出会ったのに対し、大差がない、すべて叙事的であるといえるでしょう。

その均一さはこの時代(17~18世紀)の作曲家のどんなオペラへの姿勢に由来するのでしょうか。バロックと言おう言葉は「歪な真珠」という意味で古典に対するあるいはルネッサンスに対する言葉と日本では理解されていますが、それはルネッサンで、神との接触が聖職者をかいしてから、個人が直接接するようになったこと、つまり次世代への反動としてバロックが現れたのとも関係ありましょう。
またルネッサンスの音楽がポリフォニーで、沢山の旋律の重ね合せ出来ていたのに、対抗し、歌がひとつの旋律で、それに伴奏をつけるのがオペラの基本形ですから、ここにもバロック誕生の意味が見られます。
私の主観かもしれませんが、バロックオペラで感じる絵巻物的な感想もロマン派オペラがドラマであること、抒情的であることと対をなしているものとして理解できましょう。
つまり、いびつな真珠ではあっても基本的には真珠なのです。美し輝きの中ではコントラストがオペラを進めていることに特色があると考えたくなります。のっぺりとしたドラマになり、ヴェルディを見るときの緊張感はなくて当然、あればバロックの存在を脅かすと考えていいでしょう。
しかしフランスオペラだけは違うのです。何故か。その答えは次の文にありそうです。名指揮者でもあるジャン・フランソワ・パイヤールはその著書「フランス古典音楽」の冒頭の序文でこういっています。
「読者は、17世紀と18世紀の音楽の歴史に「古典的」という形容詞を与えることに、たぶん驚かれるであろう。ドイツとイタリアの音楽学者のせいで、私たちは、この時期を、ヴィバルディとバッハが代表的な音楽家とみなされている、バロック形式だけの時期とかんがえるように慣らされてきた。私たちは古典芸術とバロック芸術が初めに考えられたほどには相反するものではなく、極端に体系づけることで、現実をあやまる(バッハの作品には、古典的考え方が主要な役を果たしている)ことがありうるにしても、このような分類に理由のあるのを喜んで認める。ただしフランス芸術は、同じ観念からみることは出来ない。 ‐‐‐」
こんな一括に対する抵抗は私もフランスオペラを扱っていたとき感じたことでした。
つまりバロックは前の時代への抵抗としてあらわれたのです。こう考えると次のパイヤールの言葉は理解できますし、フランスバロックをして取り上げた時の違和感も解消します。
「バロックに対するフランスの抵抗は受動的なものではなくそれは合理的な作品を作ろうとする意思を表している。‐‐‐」
フランスではこの反抗が特殊な形で表現されている例として、専制国王ルイ世との関係があり、抵抗の成果が左右対象のヴェルサイユ宮殿に象徴されるものです。

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