テーマ:死者との対話

死者との対話(17)玉虫佐知夫元東大教授との惜別

玉虫左知夫君を偲んで        善本知孝(知人・東大名誉教授) 玉虫、先に逝ってしまったね。寂しい。 君と会ったのは昭和25年(1950)だったから今年(2017)までの交誼は67年間になる。その間殆ど絶えなかった。お互い、勤勉ではない方だから、よく続いたもんだよ。 馴れ初めは東大教養学部理科1類1年の時だった。同じクラ…
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死者との対話(16)父4(和解2)

昭和30年だったと思う。父の会社を手伝い始めていた弟が通勤途中桐ケ谷で交通事故を起こした。父も同乗していた。事故そのものは軽微だったが、事故後数日して、父がネクタイをし難くなったと訴えはじめた。主治医の紹介で、慈恵医大に入院、検査の結果、リンパ 肉腫と診断が下った。寿命1年という。この予期せぬ出来事に私は混乱し、知っている知人の医者全…
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死者との対話(15)父3(和解1)

死が何時来るかわからないのは父で初めてしった。 義母と弟妹との拗れに明け暮れした昭和20年台のことだ。父はいい父になっていた。私は受験に明け暮れしていた。昭和24年、国会が拗れ、新制大学の発足が遅れ、入試が7月にずれ込んだ。3日間の入試だった。3日目、私は喘息発作を起こしてしまった。勿論深夜だ。家中が心配するなか夜明けが進んでいっ…
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死者との対話(14)父1(父の青春)

父は明治35年9月8日の誕生。つまり1902の生まれ。山口県玖珂郡御庄村の出身で、中学を出て、大分高等商業学校(今の大分大学経済学部)を出て、東京で就職して、東京で死んだ。戦争の時代にしては一見幸運な一生のように見える。死は昭和34年1959年3月。丙種で、徴兵は最後まで逃れた。 御庄は岩国市から錦川を数キロ遡った山の中にあり、農地は…
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死者との対話(13)父2(最悪)

母の病弱で父は人生が変わった。戦争末期、母は殆ど家事が出来ないほど衰弱した。死体の処理までが父の仕事だった。昭和19年、父は東京重機(株)をやめた。父の内面はわからない。あんなに出世第一だったのに。母の体のこともあったろうが、何よりサラリーマン否になったのではないか、仕事は社長にならねばできない。その虚しさ無しに晩年の父は理解できない。…
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死者との対話(13)母3(空襲警報の中で)

一つだけ親孝行した思い出がある。2年生になった最初の中間テストのことだった。当時成績発表は親が聞きに行く習慣で、母が行ってくれた。母の話だと1年の成績からから予想して、成績順に呼ばれるので、最後の方だと覚悟していたそうだったが、最後まで呼ばれないので、終わったあと、おずおずと草野担任のところへ行った。「まだ、呼ばれないのですが」とおずお…
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死者との対話(12)母2(結婚・病弱長男の誕生)

次の屈辱は結婚。父の晳一郎は大正4年海軍中佐で他界したから、母はババ付きの名家令嬢なのに職業夫人の道への選択を迫られた。豊島師範での教鞭は短期間だったようだが、間もなく大分高等商業卒の父と結婚、父は当時としてまあまあの道を歩んでいたが、兄が京都帝国大学で、しかも教授への道を歩んでいたから、高等商業卒は威張れたものではなかったろう。見かけ…
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死者との対話(11)母1(宿命)

  母は東京育ちだが、江戸っ子ではない。「3代続かなければ江戸っ子とはいえない」そうだからだ。 母の先祖は愛媛の大洲だからで、東京から、随分は離れた土地だ。最近の「加計問題」で愛媛県知事が国会で喋ったのを聞いたが、「天国から来た老人]のようだった。そんなに愛媛は東京からはなれている。愛媛でも大洲だけは東京に馴染みがあるのは不思議…
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死者との対話(10)加賀料理「大志満」創業者-大嶋甚蔵氏

大嶋さんと出会ったのは20年以上昔になったろうか。私の教え子吉本万里子さんの結婚式でお互い上席に座らされ、他に相手もなく、二人すっかり仲良くなった、それから20年は経ったか。その間2005年6月の息子の結婚式をお台場のメレデイアンの大志満でやった時、大変お世話になった。式後お礼に品川の本社へ伺い,ご馳走になったのが思えば最後になった。あ…
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死者との対話(9)友人「内田安三東大工学部教授」

昨晩は越後長岡の花火大会をテレビでづーっとみてしまった。長岡というと亡き内田をづっと思ったからだ。彼が死んで10年以上たった。思わぬ早い死だった。苦労が多かった割に実りが少なかったようにおもい、まだ生きている自分を責めたくなる。 彼と知遇を得たのは東大教養学部理科1類、24年入学3組だった。このクラスにはまだ旧制高校在学経験者が多く、…
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死者との対話(8)京都の叔母さんとの別れ(2003年夏の日記から))

京都着は13時51分。地下鉄への階段を間違えてしまい、少し自信をなくす。おまけに京 都駅に預けようと考えていた荷物を地下鉄に運びこんでしまった。二つ目のミス。北王路へ行 けばタクシーが拾えるとの判断は正解。ここに500円のコインロッカーもあった。病院ま では10分余でついた。京都は狭い。 八重子に待ってもらい、伯母さんと1時間…
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死者との対話(7)今飯田さん(趣味に生きた知人)

                 いまいださんの作品 人の生き方には様々あり、努力して社会的で出世する人、趣味だけに生きる人、趣味と生活を共存させる人など様々ですが、私は少年時代から専門馬鹿にならない、と決めていました。教養というか、専門以外の世界にも関心を持つ人間であり続けたいとおもっていたのです。ロラン、デュガール、クンデラ、川…
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死者との対話(6) るみ子さん3( 2004年の入院と08年の別れ)

(3回目の訪英でも、大変迷惑をかけたね。実は訪英直前の1ヶ月、3月15日に出血とAIC=9という異常事態が発生し、4月12日に国立国際センターに入院したんだ。「6月に実はイギリスへ行く予定で、コヴェントガーデンのキップも買ってもらってる。」そのことを若い聡明な美人女医の森野先生に話したら、真剣に,急いで面倒を見てくれた。「イギリ…
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死者との対話(6) るみ子さん2(2000年訪英)

                       ロッホ・ローモンド 次のイギリス訪問は2000年で、家内も一緒だった。お宅は東のグレーブセントから西のフリートへ転居していた。観光が中心の18日間、その半分の夫婦だけのスコットランド旅行はるみ子さんのプラン。イングランド滞在中はビルが何時も一緒だった。狭い自宅に工夫をして2階に寝室をとって…
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死者との対話(6) るみ子さん1(英国籍友人)(1996年訪英)

   ビルも一緒 彼女は英国籍の日本人です。私が35歳ころからの知人で、2年前の子宮癌での死、つまり私が84歳のときですから、50年間の交誼でした。旧姓は横内るみ子で、東大の職員として働いていて,私がやっていた職場コーラスの大事なメンバーでした。数年で退職し、ニュージーランドへ知人を訪ねて旅行、その往復で、船員で純粋な英国人ビルと結婚…
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死者との対話(5)深野先生(歯科医師)

弔辞(葬儀の日に) 深野先生。長い間ありがとうございました。今やすらかなご他界をお聞きし感無量です。 先生とお会いしたのは昭和32-33年だと思います。突然お訪ねし、「日頃世話になっていた近所の歯医者が不在なので、突然失礼ですが」と申したところ、不在の歯医者のことを優しく弁護されました。その一言が心に残り去年2000年の6月21…
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死者との対話(3)木村(中学友人)

君とは長い付き合いだったね。今のところ一番な長いよ。死別したのは数年前、出会いは芝中1年だったから70年間になるかな。」 「それだけでなく、なんか縁があって、何時もお互い近くにいたね。中学1年は同じクラスだったかな。2年からは学徒動員。1年間同じ茅場製作所へ勤めた。8月15日の翌日二人で宮城前広場へいったっけ。天皇に謝りに。学校に戻っ…
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死者との対話(2)林さん(オーデイオ会社スタックスの社長)

対話が成り立つには二人の間に人間的交流が必要です。アーノンクールと私は、告別演奏会のとき、アンコールで私が舞台に近づいたときにだけ、人間的交流があったように、私には思えたので、対話ができたように思えたのですが、それが一方交通だったのは後でしりました。無理に「対話」と名づけたのですが、以後の3つの対話は交流がある、本物の対話です。私が…
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