テーマ:オペラ

昭和一桁のオーデイオ(95)「ホフマン物語」(旅と音楽7)

               ドミンゴとバツツア                          2005年は1月に旅をし、すぐ5月にマロニエの美しいウイーンへでかけました。それはウイーン周辺を楽しむ会であり、ラインの流れに沿った田園を眺める旅でしたが、勿論音楽も楽しみました。ウイーン・ムジークフェラインでウイーンフィル、ウイーン交響…
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昭和一桁のオーデイオ(83)ジプシーオペラ(熱海を去る)

2000年3月で退職するのは約束ではないが当然のように思っていました。しかし相手は当然ともおもっていないようでした。私は思い切ってやめました。仕事の晩年は東京へいく機会も多く、退職が当然だったと思います。お陰でみられたオペラは増えました。「見たオペラ」には次のものがありました。 (1996年)平成8年10月「魔笛」プラハ国立歌劇場…
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昭和一桁のオーデイオ(78)アジアの国々への旅(シドニーオペラ)

5年もいると外様の人間も内部の人と同様になり、自由が得られるようになるものです。アジア旅行なら1週間で帰れますから、毎年のように旅をしました。64歳(1994年)の肺炎で、命の限りあるのを知ったせいか、外国へ旅をする気になったのです。1986年の世界旅行の経験から、異国内での行動は現地に知人がいなければどうにもならないとわかっていたので…
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昭和一桁のオーディオ(77)熱海時代(LDオペラ)

私は1995年度で財団法人自然農法国際研究センターの研究所長を定年退職し、66歳から同系列の財団法人応用技術研究所の常勤顧問となりました。 この間の出来事は農場の場合、毎日9時に迎えに来る車に乗って30分かかり山伏峠を越えて富士山を眺め中腹にある、有機農場内の研究所に通う事です。途中2年程、タクシーのこともありましたが、残り3年職員が…
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昭和一桁のオーディオ(76)熱海への転居(opera大好き人変身への切っ掛け)

1990年私は東京大学を定年退官し、熱海の自然農法国際研究開発センターに就職しました。これはMOA財団を構成する財団法人で、有機農業の実践農場でした。私の学生の一人木村友昭君の尽力によるもので、私の暮らしは東京を離れ平日は熱海市下多賀の貸家で過ごし、週末は清瀬にもどる。そのための問題はスタックスの100キログラムを超えるアンプ、プレイア…
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至福のとき(フォークトのローエングリン)ー新国立オペラ

生涯ベストのとき、極東の地で、その歌が聴ける幸せを思いました。フローリアン・フォレストです。彼のローエングリンが聞けたのです(6月4日)。世界の声のベストには80年生きていてもなかなか出会えませんでした。彼は去年バイロイトでもローエングリンを歌った筈です。 この音響のいいホールではどんなピアニシモも、どんなフォルテも甘く自然に響きまし…
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ドン・パスクワーレ(信州国際音楽村ホールこだま)

恒例だそうで、私も何度か誘われたが都合がつかず初参加。 200人程度のホールで3500円でオペラが見られるのは贅沢。しかも場所は信州上田郊外の山の上。浅間も見え眺望は最上級。しかも晴天であったから、これも贅沢。主出演者は音大出のヴェテラン。伴奏はピアノだけ。ピアニスト大森晶子さんの大変な努力で成り立っているのであろう。パンフに「ハイラ…
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イタリアバロック(11)バロックオペラはロマン派オペラとどう違う(H71)

普通のオペラファンが見ているのはロマン派オペラかモーツアルとのオペラ。今ヨーロッパではバロックオペラが大流行。バロックオペラは我々のオペラ感覚と違う。それで駄作が多いと決めつけるのは大損害だと私は思うので、少しバロック・オペラを考えてみます。 ここでは先ずロマン派オペラで試みたような(オペラの風景でのまとめ)オペラを読む立場をとってみ…
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イタリアバロック(10)再度「イドメネオ」(H70)

この連載をハイドンで閉じるのはなんともおちつきません。バロックからロココへのオペラ「イドメネオ」でとじたくなります。作曲は1780年ですから、ハイドンの「月の世界」(1777年)とほぼ同じ時期です。バロックの終焉は1750年とされていますが、ここではまだバロックの晩鐘の余韻がなっているように私には思えます。 ロココは陶器由来の言葉だそ…
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イタリアバロック(9)ハイドン「騎士オルランド」2(H70)

オペラの筋をかきます。 アンジェリカ;キャセイ王女古代中国の王女絶世の美女で彼女をめぐる恋の鞘当てが 話 ロドモンテ(脅迫騎士);ババリアの王 オルランド、フランスの騎士(フランス語系でロラン最強の勇士だがアンジェリカへの恋に破れ一時狂気に落ちる メンドーロ;アンジェリカの恋人、ムーア人、怪我を彼女に直され恋におちる。 リコ…
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イタリアバロック(8)ハイドン「騎士オルランド」1(H69)

「狂ったオルランド」(ポルタ・アリオスト)からヌンチアートが台本の作ったものとされています。 これは中世の珍重される小説でタッソオの「エルサレム解放」とともにバロックオペラで何度もつかわれました。オルランドの奇行が様々な角度から取り上げられ、音楽がつけやすいせいかもしれません。奇行は変化を生みます。しかし場面がしばしば変わってわかりに…
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イタリアバロック(7)ハイドン「月の世界」(H68)

」 ハイドンもイタリアオペラを書きましたが、ドラマ・ジョコウソと称する喜劇もかなり書いています。彼は交響曲や弦楽四重奏曲の創始者として著名ですが、1761年から勤めていたエステルハージ候爵邸でオペラ劇場の責任者となり各種作品のほか自作の指揮もしましたから、オペラにも大変通じていました。このことが気付かれたのは近年のことなのは不思議です…
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新国立オペラのドン・ジョバンニ

まあ、満足でした。3年前、この演出[アサガロフ]でやられたそうですが、私は初めて。上等な劇場で予想外の安い良い席Bでみた感想です。主役がなかなかの実力でしたが、脇役もテナーを除いて良かったせいでしょう。 まず演出、予想した通り日本に合わせたもので保守的、舞台機能をフルに使った地獄落ちは圧巻でした。3階のLは殆んど2階で、突き出たところ…
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イタリアバロック(6)サルエリ「ファルスタッフ」(H67)

モーツアルト殺人事件の噂があったサルエリのオペラです名は「ファルスタッフ」、ヴェルディの作品で有名ですが、それが出るまではサルエリの作品として名が通っていました。シェクスピアーの「ウインザーの陽気な女房たち」が原作です。台本はヴェルディ‐はアリゴ・ボイド、サルエリがカルロ・デフランチェンスキーです。原作からの抜粋の仕方で時代がわかります…
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イタリアバロック(5)バイジェルロ喜劇「ニーナ」(H66)

div align="center">                 バルトリ パイジェルロはブッファ喜劇だけを書いたのではありません。セリアの「ニーナ」をとりあげます。これはナポリで名をなした、パイジェルロがロシアに8年居て、再度ナポリへ帰国、そこで作ったオペラ(1789年)です DVDは指揮アダム・フィツシャー指揮チュー…
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イタリアバロック(4)サルエリ「タラール」(H65)

サルエリは(1750~1825)イタリア生まれですが、ガスマン、グルック、メタスタージヲに教えをうけ、半世紀以上をウイーンで暮らし皇帝の寵愛もうけウイーンの宮廷楽長となり、ベートーヴェン、モーツアルトの時代の支配者となりました。したがって作品も真面目なものがおおいようです。人気も抜群で前記ウイーンでの上演数はパイジェルロに次ぐ第2位≪1…
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イタリアバロック(3)パイジェルロ「セビリアの理髪師(無用の用心)」他(H64)

オペラブッファの巨匠にはペルコレージ(1710~1732)、チマローザ(1749~1801)のほかパイジェルロ(1740~1816)がいます。もっともパイジェルロは喜劇だけでなく当時の人気作曲家でした。彼はチマローザの前におかれチマローザは総決算とされています。イタリア古典期のオペラ(1771~1800)の先駆けです。パイジェルロの…
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フランス古典音楽(13)グルックの「オルフェとエウレデイーチェ」(H63)

イタリア・オペラはイギリスのヘンデルやドイツオペラと違って、時代が早く進みました。後期バロックが1730年には終わっています。この年ヘンデはオペラをまだ書いていました。イタリアではヴィバルディが書き終えています。このあとイタリアは特異な時代に入ります。古典期は1771年からですから、空白が40年程あります。これを「メタスタ-アジオの時代…
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イタリアバロック(2)喜歌劇「奥様女中」「秘密の結婚」(H62)

        秘密の結婚 ヴィバルディの外スカルラッテイやガルッピ、チェスティなどのオペラセリアがCDできかれますが、DVDでば見られません。彼らは後期バロック1681~1730)にはいります。喜劇はいくつかのDVDでみられます。イタリアに喜歌劇が生まれたのは1673年のマツオッキとマラットーリの合作による「エジスト」だといわれてい…
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イタリアバロック(1)ヴィヴァルディ・オペラ「狂乱のオルランド」(H61)

アーノンクールはドイツ系の指揮者ですから、ユニークな活躍をしているものの、独欧系の作品に熱が入るのは自然です。本論の最初にモーツアルトのオペラを紹介しましたが最後がハイドンになるのも若干恣意的ですが、自然でしょう。 ハイドンにオペラがあるのは日本では最近まで知られていませんし、今も邦文の紹介がわずかです。13曲もあります。ヴェルデ…
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フランス古典音楽(12)リュリー「アルミーダ」(H60)

この題名のオペラは数が」多い。これはタッソ「解放されたエルサレム」(1581)を原本にしています。中世騎士を扱った類似本にはアリオスト「狂えるオルランド」(1559)があります。それらを台本としている、音楽関係の台本をまとめます。 マドリガーレ「タンクレディとグロリンダ」(モンテベルデイ) オペラ「アルミーダ」(リュリー) オ…
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フランス古典音楽(11)リュリのオペラ「アティス」(H59)

>       ジベル 音楽悲劇と名付けていますが、通称オペラです。リュリは晩年毎年のように書いています。16曲に上りますがそのうち10曲の台本がキノです。比較的初期の「アティス」(1676)と最後の作「アルミード」(1686)の名曲の誉れ…
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フランス古典音楽(10)リュリのオペラ[町人貴族」(H58)

17世紀前半はオペラの歴史ではもっとも古い時代ですが、リュリがフランスオペラを作ったのはその後半です。我太陽王ルイ14世が1登場しヴェルサイユ宮殿をつくらせたことで17世紀です。その王の側近だったのがジャン=パテイスタ・リュリー。 リュリーはイタリア人です。フィレンツエの生まれ、訪れたフランスの騎士につれられ、12~3歳でフランス…
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フランス古典音楽(9)アーノンクール談「古楽の演奏様式」(H57)

今回はフランスの17世紀の大作曲家リュリーを取り上げるつもりでした。彼はフランス・バロック・オペラの創始者といわれ、ラモーより7~80年早く活躍した大作曲家で,1632年生まれで、16曲ものオペラを書いています。ラモーを取り上げたアーノンクールはリュリについても評価している筈ですが、私が調べた範囲では彼のCDリストにはリュリの作品はあり…
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フランス古典音楽(8)ラモー;オペラ「レ・ボレアード」(H56)

                          女王と侍女 >ラモーはオペラという言葉を使っていません。「抒情悲劇」と呼んでいます。私は抒情悲劇のことを殆どしりませんが、ロマン・ロランの「近代抒情劇の起源」を読んでみますと(眺めて見ますと)フィレンツエの抒情劇に始まり、ココルネイユやラシーヌの中に手本を見、最終的にラモーの最…
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フランス古典音楽(7)ラモーオペラ;ゾロアストル(H55)

            アメリート 西暦前2000年ともいわれている存命中のゾロアストルの話で神話以前の魔術の世界です。年代は前800年という説もあり不明ですが、こんな話題に関心をもったラモー1683~1764)の心境にこそ私は惹かれます。彼が制作したのは1749年、もう」65歳、初版は可成宗教的だったようで、恋いの物語にした1756…
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フランス古典音楽(6)ラモー;オペラ「遍歴騎士」(H54)

これはまともに紹介できません。時代を代表するので是非紹介したいとおもいますが。それにはバレーのフランスオペラでの重みから紹介します。17~18世紀にはオペラの幕間にバレーが必ずやられました。イタリアオペラをやるときでもそうです。イタリア人もバレーが好きですが、オペラの幕間にやられるのを嫌いましたがパリでやるのに文句はいえません。 …
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フランス古典音楽(5)ラモー;オペラ・バレー;華麗なインド人(H53)

オペラバレーという分野はオペラが、宮廷バレーと演劇が支配していた舞台芸術にフランスで登場し、付随しておきた訳は分かりますが、その価値があるかこの作品をみるまでわかりませんでした。大体宮廷バレーなるものは見たことがありません。 一見してオペラとして極めて単純ですし、それがバレーと連動しているところは理解できました。こういうバレーでオペラ…
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フランス古典音楽(4)ラモー「イポリートとアリシー」(H52)

ラモー最初のオペラであれこれ言われたが傑作との誉が高い。50歳の作品です。 「カルメン」オペラでずが、正しくやると大変セリフが多く、「椿姫」と大変違います。例えば導入ですが、カルメンンでの子供たちほ兵隊ごっこはセリフだと分かりますが椿姫での情婦の遅刻をとがめ、はじめようとの声のレシタチー歩は歌に近いのです。これを気にしないのは、慣れで…
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フランス古典音楽(3)ラモーを讃えて(カストールトポリュネクス2)(H51)

「カストールとポリュネクス」1754年の作品ですが、オペラとしては第2作の改訂判で、晩年と言える頃の作品です。既に大家でした。ただ機会に恵まれなかっただけです。これは言われていないことですが、彼は殿様に使えなかった最初の作曲家だったではないでしょうか。教会オルガニストとして飯を食っていました。イタリアへは行ったようですが、生涯フランスで…
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