テーマ:シューマン

シューマン(12)「ゲーテのファウストからの情景」

2008年制作のCDから シューマンの作品紹介をしてきたが、最後に残ったのはこの曲、アーノンクールとコンチェルトセルトヘボヘボーのSACDそれにアバートとベルリン・フィルのCDの二組が残った。こんな日本で無名の曲を紹介しても読み手はいないと思いながら、、LPプレイヤーを修理していたので、この二組をかけてみて驚いた。今まで紹介してきたシ…
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シューマン(11)「ゲノフェーファ」下

第3幕第1場 ストラスブルグの宿屋。怪我をしているジーグフリードと魔女。彼に毒を持ったが、効果がなく、帰宅を強く要望。魔女は遠くでも過去をみられる鏡を持っている、とみるのをジーグフリードに勧める。旅籠にゴロが到着。留守の出来事を書いた手紙を渡すと読んだジーグフリードは剣を渡し、殺せとせがみ、妻に剣と指輪を渡すよう命じたが、ふとマルガレー…
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シューマン(10)歌劇「ゲノフェーファ」上

シューマンの歌劇はシューベルト以上に知られていないでしょう。ドイツ歌劇ですから、イタリア歌劇と比べ全くくそ真面目で、地味で、面白みに欠けますが、この曲は一聴に値します。 「ゲノフェーファ」は中世の伝説で、数多くの小説、戯曲があるそうですが、これはテイークの「聖ゲノフェーファの生と死」を底本にして、シューマン自身が台本を書いたものだ…
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シューマン(9)歌曲(詩人の恋)

シューマンは「歌の年」と呼ばれるくらい沢山の「歌」を集中して書いていますが、ピアノのの「トロイメライ」のようなポピュラーな曲はありません。でも歌が好きな人なら、「ミルテの花」「リーダークライス」「詩人の恋」「女の愛と生涯」という連作歌曲を上げれば、どれか一つ位。知っておられるでしょう。 シューマンはロマン派と呼ばれています。日本人は「…
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シューマン(8)室内楽(主にEMIのCDから)

シューマンは、ライプチッヒ時代には、ピアノ作品の系列(1839年まで)、歌の年(1840年)、交響曲の年(1841年)、室内楽の年(1842年)と、扱うジャンルの幅が固定し、徐々に広がっていったのが一つの特徴だそうです。 シューマンの室内楽といえばピアノ五重奏曲ぐらいしか私は知りませんでしたが、10年前EMIからでた5枚組CD…
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シューマン(7)ピアノ曲「クライスレリアーナ」

1838年の作で、op16ですが、最高傑作のひとつです。動機という小さなレベルから自由な変容によって多彩華麗な変容をとげていく様が見事です。この傑作を作曲中、シューマンはクララ宛にこんな手紙を書いたそうです。《―――今ぼくの中にあるこの音楽、なんと美しい旋律!この前の手紙から後で新しいのがノート一冊分できました。「クライスラリアーナ…
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シューマン(6)ピアノ曲「交響的練習曲」

名曲です。音大をでた女の子が卒業発表でひいたのを何度か聞いたことがありますが、結構楽しめました。この曲にはスポーツ的快感があるせいでしょう。ある時サントリーホルで、イーボ・ボルコレッチを聴きましたが、それは別の世界から流れ込んだ音楽でした。何が流れ込んだのか、後で彼のCDを買って聞いたら、それは他の演奏家とは違った世界でした。 183…
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シューマン(5)-ピアノ曲

ピアノ曲は、前回に触れたように、シューマン初期に集中的に作られた曲種です。その数が余りにも多いので、取り上げるのをためらいましたが、彼を論じるには避けられないと思ってとりあげました。 シューベルトが数多くのピアノ曲をソナタ、即興曲、楽興の時と大別されるような書いていますが、それらはヘブラーの7枚組全集と単独の6CDとして私は持って…
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シューマン(4)ヴァイオリン協奏曲ニ短調(降霊)

シューマンの晩年は波乱に満ちたものでした。1854年44歳でラインに身投げ、救出されて精神病院に入り、1956年7月46歳で死亡。ヴァイオリン協奏曲ニ短調は1853年の作とされています。勿論生前の初演はありません。 それどころか初演は80年後の1937年です。初演はクレンメルでした。当然、わけがあります。わけというのが大変不思議な…
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シューマン(3)チェロ協奏曲イ短調op.123

このチェロ曲は1850年の作,死は1856年46歳、晩年もいいところで,しかも唯一のチェロ曲です。この曲には「オーケストラ伴奏をともなうチェロのためのコンチェルトシュチュック」というシューマン自身の別名をついています。 「これは妻クララも愛した「快活な作品」」と彼が言ったそうですが、生前の公演はありません。 古典派にはハイド…
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シューマン(2)交響曲第1番(春)と第4番

       ピアノ協奏曲と同じ日に交響曲第四番が演奏された(ゲバントハウスでの写真)。 シューマンには類似の曲を纏めて作る癖があったようです。例えばピアノ曲、歌曲などが例で、初期の作品は殆どピアノ、晩年は歌曲。ピアノ協奏曲はピアノ時代の最後。1841年の作でした。同じ年の1841年には交響曲第一番を完成していて、この頃から交響…
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シューマン(1)ピアノ協奏曲ハ短調

                            ゲバンとハウスの前での自分 2006年6月ドイツ・ライプチッヒのゲバント:ハウスでこの曲をきいた。このホールはシューマン所縁で、確か、ここで妻クララが初演している。勿論当時のホールは今は残ってはいない。当日の独奏者は少し年をとったマルト・アルゲリッチでシャーの指揮だ…
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