テーマ:昭和一桁のオーデオ

昭和一桁のオーディオ(110)50年ぶりの天才ピアニストは中国人女性

ユジャ・ワンというピアニストをご存知だろうか?私が知ったのはごく最近、NHKのBS2の映像でである。すでに2009年のルツエルン音楽祭で著名になっていたのだが、私がしらなかっただけだ。当時21歳の少女で、コンチェルトをアバドと共演した。 それから5年、去年凸版ホールで録画したDVDから飛び出したのは水着(のように極度に露出した衣装…
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昭和一桁のオーディオ(108)バッハ祭(旅と音楽19)

2008年から話はもどり、2006年のバッハ関連施設を巡る旅は加藤浩子先生の長年の労苦が実った見事なツアーだった。                                ライプチッヒの中心街 ここはバッハのみならず、ゲーテの町であり、ルターの町でドイツ文化の中心地である。特にバッハの晩年はここでの活躍が中心だったから、バッハ…
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昭和一桁のオーディオ(107)皇帝ティトスの慈悲(旅と音樂18)

当日のプロ(2006年) 実在したローマ皇帝を扱ったモーツアルト晩年のオペラ・セリアです。 所謂「ザルツブルグ音楽祭」をやる建物は3つのホールからなる。有名なのは「大ホール」次が中くらいの規模の「モーツアルト・ホール」其れより大きいが馬のオペラに昔使った面影ガある、「フェルゼンライト・シューレ」。これは先日まで屋外ホールだっ…
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昭和一桁のオーデイオ(106)「運命の力」(旅と音楽17)

                 モネ劇場 前日にモネ劇場の楽屋、と裏方工房をみせてもらいました。大野さんのお陰で、第一ヴァイオリンの小竹さんがついてくれました。 工房と呼んでいいほど、連日のオペラ上演に必要な小道具を揃え、作っていました。衣装だけでなく、和傘なぞの、小道具まであり、優に一つのビルデイングを占拠していました。オペラは…
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昭和一桁のオーデオ(105)余所行と普段着「ドンカルロ」と「フィガロの結婚」(旅と音樂16)

                           ドン・カルロ                         イギリス第一弾は「ドン・カルロ」。スター、ヴィラソンは登場したものの不調。女主役のエリザベッタは代役のナバ。主役の一人ポーザ伯爵のキーリンサイドだけが聞くに値しました。エポ…
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(昭和一桁のオーデオ(104)余所行きと普段着のオペラ(旅と音楽15)

日本人が普通に海外できくオペラは音楽祭のものが多いのは存外気づかれていません。つまり「余所(ヨソ)行き」ののオペラです。普段より数多くのスターが出演し、客引きをはかっています。所が普段公演されているオペラ劇場にはスターがそんなにはでません。まあ2人が普通でしょうか。もっと普段着なら、つまり日々の楽しみのオペラなら座付き歌手でやります。そ…
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昭和一桁のオーデイオ(103)夏の屋外オペラ{旅と音楽14}

              ヴェローナ歌劇場 屋外でオペラをやるヨーロッパの習慣は日本人には理解し難いとおもいます。夏はオペラ劇場は休みだし、ヨーロッパの夏は短いことを考えてください。当然のその間のイヴェントだというのが我々にもわかるでしょう。 日本ではヴェローナのオペラが有名ですが、数年旅をすると幾つもの屋外オペラにであいまし…
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昭和一桁のオーデオ(102)「大スター」と「イタリアのトルコ人」(旅と音楽13)

                 バルトリ チェチーリア・バルトリは現在大スターの中でも図抜けた存在です。ここ数年ザルツブルグ復活祭音楽祭の責任者だそうです。その彼女が2007年の我々のツアーを豊かにしてくれました。大スターと出会うだけでも幸運なのに、彼女と4日も行動を共にできたのが、我々を豊かにしてくれました。こんな大スターの存在感…
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昭和一桁のオーデオ(101)[オテロ]とバルトリ(旅と音楽12)

                  ロドリゴのフローレス [泥棒かささぎ]の次は同じアリーナで「オセロ」。ベルデイの「オセロ」が余りにも有名なので、その出現前の「オセロ」のチャンピオン、ロッシーは影が薄くなっています。私はそれを是非みたいと想っていましたが、偶然機会をえたのです。 「オテロ」はシェクスピアーで有名です。彼の製作は…
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昭和一桁のオーデオ(100)泥棒かささぎ(旅と音楽12)

2006年のモーツアルト祭が終わり、2007年はまたロッシーニに戻りました。これが私にとり、生涯もっとも素敵な旅の一つになりました。オペラを追いかけて中部イタリアを、東から西に、西から東へ、つまり、ローマ,マチェラータ、コルトナ、ペルージャ、ペーザロという、イタリア半島、2往復の旅です。 「泥棒かささぎ」は最後にたどり着いたペーザロで…
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昭和一桁のオーデイオ(99)「セビリアの理髪師」とフローレス(旅と音楽11))

                   お家芸のフローレスとバヨ 「セビリアの理髪師」は序曲が小学生の教材にもあるほど有名です。軽快なメロデイーが 馴染み易いからだろうと思います。」でもオペラ全曲となると見た人が日本では少ないのではないでしょうか?それを私は3回もみました。1985年にはイギリス・コヴェントガーデンで、2005年にはイ…
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(昭和一桁のオーデオ98)「コシ・ファン・トッテ」(旅と音楽10)

           ポネル演出 [女性に貞操をもとめるのはアラビアの不死鳥を探すようなものだ。だれも見たことがない]という穏当ではない発言にはじまり、「特別な体の人間なんていない」という常識で受け、女性はデスピーナに「おんなが15になれば、流行がなんだか知らねばなりませんーーー」と2幕2景にはいって、「婚約をしたのに浮気をするのは禁…
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昭和一桁のオーデイオ(97)「ドン・ジョバンニ」(旅と音楽9)

2006年はモーツアルトの生誕250年にザルツブルグを中心に盛んな祭典が行われました。勿論多種の作品があたらしい企画でおこなわれたのです。 この年6月にはバッハの故郷を訪ねる10日のツアーに参加したのですが、暫しモーツアルトに現を抜かそうとおもいます。 成田からミュンヘンへ、そこからバスでボーデン湖畔のブレゲンツ音楽祭で「トロバトー…
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昭和一桁のオーデイオ(96)「魔笛」(旅と音楽8)

                 「これってマジ」とムーターに言わせたパパゲーノ 2005年3度目の外遊は最も大規模で、イタリアのフィレンツエに始まりザルツブルグでおわる、10日間のものでした。ペーザロ、ヴェローナ、フライブルグ、ザルツブルグでオペラをみるだけのものでした。来年がモーツアルトの生誕250年でしたから、ザルツブルグに最…
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昭和一桁のオーデイオ(95)「ホフマン物語」(旅と音楽7)

               ドミンゴとバツツア                          2005年は1月に旅をし、すぐ5月にマロニエの美しいウイーンへでかけました。それはウイーン周辺を楽しむ会であり、ラインの流れに沿った田園を眺める旅でしたが、勿論音楽も楽しみました。ウイーン・ムジークフェラインでウイーンフィル、ウイーン交響…
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昭和一桁のオーデイオ(94)旅と音楽6「フィガロの結婚」

2005年正月、音楽ツアーに初めて参加しました。ダイナーズの企画によるものです。ザルツブルグとウイーンに行くのですが、ウイーン国立歌劇場で小沢の指揮がみられるのが狙いです。            ウイーンはアルプスの北で、南のイタリアとは離れていますが、モーツアルトの時代、イタリアで…
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昭和一桁のオーデイオ(93)旅と音楽5(英国と「トリスタン」スコットランド民謡)

2004年は3年おいて、またイギリスを訪ねました。直前に入院したので、何の準備もなしの訪英です。勿論ビルとルミの世話になりました。ポルトガルのリスボンにあるサンヴィセンデ岬のランズエンドという地がランズエンドの地名で有名ですが、イギリスにもランズエンドがありました。その「地の果て」へいく途中プリマスまでビル夫妻と同宿し、我々ふたりだけが…
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昭和一桁のオーデイオ(92)旅と音楽4(ロシアと「ショスタコ第7」「戦争と平和」

2003年は普通のツアーで、家内とロシアを10日間ほどの旅をしました。殆どがサント・ペテルスブルグでしたが、一泊だけキジ島周辺のペトロザボーツクに泊まりました。サント・ぺテルスブルグへは週1回の直行便でした。プーチンが就任して間もない頃で、まだロシアは貧困から抜け出ていませんでした。 サント・ペテルスブルグがヴェネチアのように人口都市…
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昭和一桁のオーデイオ(91)旅と音楽3(北欧と「ハムレット」「ペールギュント」)

2002年の旅は、50年来の友人蓮江夫妻との北欧旅行でした。                   クロンボ城               計画を一切彼に任せたので、常識的でない北欧旅行となりました。デンマークまで飛んでコペンハーゲンで数泊、その後ノールウエイまで、足をのばし、オスロ、ベルゲンで各数泊しました。10日余の旅ですが、普通の…
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昭和一桁のオーデイオ(90)旅と音楽2(セビリアとフィガロ、カルメン)

1971年にはスペインを6人で旅しました。知人の中田夫妻とスペイン人2人と一緒でした。                 訪ねたスペイン人の邸宅 スペイン人二人はホセさんとエルヘーニヨさんです。彼らの案内に全てまかせました。バルセロナと北部が政治的に不安定だったので、南の一周になりました。マドリッド、コルトヴァ、セビリア、グラナダです。…
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昭和一桁のオーディオ(89)2000年の旅と音楽(英国と「ファルスタッフ」2)

私が「ファルスタッフ」の生を見たのはサイトウキネン2003の1回だけですが、DVDは5種もっています。サイトウキネンで見た舞台は樹木は殆どなく、木の床が一面に広がり、左奥に小屋があるだけのセットでしたが、これは例外で、多くのDVDの舞台では一幕はファルスタッフの貧相な家の内部、二幕はフォードの豪華な家の内部,、三幕はウインザーの森です。…
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昭和一桁のオーディオ(88)2000年の旅と音楽(英国と「ファルスタッフ」)

             ウインザーのピク7ニック 2000年から2004年までは毎年、家内とヨーロッパを歩きました。イングランド、スペイン、北欧、ロシア、スコットランドです。特に音楽を意識して場所を選んだのではありませんが、行ってみてから音楽との結びつきをあれこれ思いました。その話を数回連載します。 2000年は2度目のイギリ…
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昭和一桁のオーディオ(87)ナイジェル・ケネディ(幻の天使4)

。。            第1回来日時のパンフ パンク・ファッションの名ヴァイオリニスト。クラシック音楽の堅いイメージとは程遠いスタイルで演奏するナイジェル・ケネデイはイギリス人。1956年生まれですから、来日した2001年には未だ45歳、1977年ムーテイ指揮でデビューだそうで、ビートルス世代より若い。彼には音楽に違いはないようで…
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昭和一桁のオーデイオ(86)小沢オペラの先進性(幻の天使3)

小沢征爾のオペラは彼がウイーン国立歌劇場の音楽監督をしていた割には日本では話題になりません。オペラの地位が西欧と比べ日本では低いように思えるからでしょうか。 「幻の天使」長男の一さんはオランダ放送オケの主席ファゴットで、且サイトウキネンオケの大事なメンバーでした。彼は毎夏来日し、小沢さんのオペラで吹きます。清瀬の家には数度来てもらい、…
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昭和一桁のオーディオ(85)近衛秀麿(幻の天使2)

近衛秀麿は戦後の交響楽運動のリーダーでした。1930年台にドイツに渡り、フルトヴェングラーの影響を受け、ロマン派指揮者として活躍。(大野芳「近衛秀麿」講談社刊)戦中はドイツに在住(ベルリン・フィルを指揮したCDあり)、1945,12に帰国。腹の空いた日本人を音楽で満たしてくれた恩人です。近衛氏はフルトウェングラーに師事、当然トスカニーニ…
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昭和一桁のオーデオ(84)幻の天使1(サイトウキネンへの序曲)

弔辞(葬儀で使用したもの) 深野先生ながい間ありがとうございました。やすらかな御他界は感無慮です。先生とお会いしたのは昭和32~3年と思います。日ごろ世話になっていた近所の歯医者が不在だったので「突然の訪問で失礼ですが」、と申したところ不在の歯医者のことを優しく弁護されました、その一言が心に残り、去年6月21日まで半世紀近いおつき合い…
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昭和一桁のオーデイオ(83)ジプシーオペラ(熱海を去る)

2000年3月で退職するのは約束ではないが当然のように思っていました。しかし相手は当然ともおもっていないようでした。私は思い切ってやめました。仕事の晩年は東京へいく機会も多く、退職が当然だったと思います。お陰でみられたオペラは増えました。「見たオペラ」には次のものがありました。 (1996年)平成8年10月「魔笛」プラハ国立歌劇場…
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昭和一桁のオーデイオ(82)アーノンクールとの出会い

今でも鮮明におもいだします。70歳も近い、夏の朝8時半、熱海の海が見える部屋のテレビにクラシック音楽が写りました。                               熱海の古屋               さりげない構成でさわやかな画像が写り、クラシック音楽が流れます。その日(1999年頃)はクラシックの小合奏団を中…
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昭和一桁のオーデオ(81)木曽音楽祭3(自然さの力)

人は固くなると実力がでないことがあるのは御存知の通りです。スポーツでは良く出会うことがらです。素人は兎も角一流の音楽家でもそんなことがあるという話です。 木曽音楽祭を木曽の伝統が西洋文化によい影響を与えるのを期待するとするのが私の入賞論文の主旨でしたが、5年も経験するとこれは少し違っていたのではないかと思い出しました。よい影響はあるが…
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