⑬自我の確立‥クラシック下

新即物主義 再生装置が出来ると、クラシックの世界は急に広がります。勿論最初に関心をもったのはシゲティです。幸いなことに昭和30年ころはLPが高いけれど買えました。当時の世界を思い出します。 ヨーゼフ・シゲティは 1897年生まれのハンガリア人で1973年没です。 彼の自伝「弦によせて」の中に、私が感動したモーツアルトのヴ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

⑪自我の確立:クラシック音楽(中)

9自我の確立:ストームと野球とクラシック音楽 (ストーム)という言葉を憶えてあられる方はもう数少ないだろう。旧制高校の特殊用語だからだ。1年在学した旧制高校の生活中で、覚えた意味のある自主的教育用語だったように思う。 旧制高校は昭和23年に廃止になった。それは高級官僚が、旧制高校、帝国大学の学歴で高級官僚となり、軍人とともに、日本を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

⑫自我の確立・クラシック上

1 クラシック音楽入門 1・1 音楽への切っ掛け 私の暮らしにクラシックが入ってきたのは勿論戦後です。母親が敷いてくれた音楽の道も少年合唱団員として放送に1度、ビクターの独唱コンクールに応募・受験に1回程度で止まりまり、むしろ少年時代は病弱な野球少年でした。その母は敗戦直前の昭和20年1月に死に、私は音楽から逃れる気持ちで青春を迎…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

⑩ 自我の確立・ストームと野球

大学は昭和24年に発足した。私は1年生になった。そこは旧第一高等学校だった。駒場にあった。 大学正門の前で毎日アジ演説をしている仲間は皆同じ事を言っていた。自我がない。私には空しく思えた。では「お前には、自分だけしかないものに何があるか」と自問すると、ストームで学んだ「自分らしい」、と言えるものは何もない。悩んだ。24年7月からはじ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

⑨若さ・東大受験

旧制浦和高校にはいったものの、当初の約束で1年で卒業、学校は新制東大になるので同じ学校でも試験をうけねばならなかった。 義母と弟妹との拗れに明け暮れした昭和23年台のことだ。父はいい父になっていた。私は受験に明け暮れしなければならなかった。昭和24年、国会が拗れ、新制大学の発足が遅れ、入試が7月にずれ込んだ。3日間の入試だった。3日目…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

⑧若さ・旧制高校とストーム

旧制高校は一高三高などは明治に生まれた学校制度、浦和高校や水戸高校などは、大正生まれ、昭和に育ち、昭和22年まで生きていたエリート用奇形児育成制度だ。細かく論じたら、限りないが、彼らが駐留軍の目の敵になったのは疑いない。昭和23年廃校となった。最後の学生が私なのだ。 今でいう全員寄宿生活をし、従って特殊の社会が出来、言語さえ違っていた…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

⑦若さ・戦後の喘息

学校は始まったが教科書はない。生徒はノートをとるだけである。私の喘息は一層すすんだので、勿論ノートは、もうしわけないがとれない。毎日木村はその日とったノートを二冊品川から碑文谷の我が家まで運んでくれた。いくらタフでも連日の通勤にやがて木村は参ったらしく、2冊同時にとって毎日、一冊我が家に運んでくれた。 申し訳ないが、私は1~2番を争っ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more