シューマン(10)歌劇「ゲノフェーファ」上

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シューマンの歌劇はシューベルト以上に知られていないでしょう。ドイツ歌劇ですから、イタリア歌劇と比べ全くくそ真面目で、地味で、面白みに欠けますが、この曲は一聴に値します。
「ゲノフェーファ」は中世の伝説で、数多くの小説、戯曲があるそうですが、これはテイークの「聖ゲノフェーファの生と死」を底本にして、シューマン自身が台本を書いたものだそうです。4時間にもなるオペラです。
私はDVDで見、CDで聞いただけです。なかなかの名作だと思いました。
歌劇「ゲノフェーファ」は晩年の作です。「生」はみていません。筋はサラセン帝国が侵略され、スペインに逆襲し、イスラム教徒を征伐。その留守中の伯爵夫人ゲノフェーファを中心とした恋と夫人の強い信仰の話です。単純で真面目なストーリー。暗い出来事にシューマンがどんなロマンチックな音楽をつけたかが聞きどころです。私が見たDVDはアーノンクール指揮のチューリッヒ・オペラのもので、新鋭のクシェイの演出でしたから、極めて暗示的な、所謂、背広を着たオペラでしたが、なかなかの優れた作品になっていると思いました。舞台に血が折にふれ流れる見苦しいものですが、音楽の暗さと照らし合わせて見ると、筋と音楽が舞台上の変化とよく合っていました。筋の重厚感と音楽が画面とがぴったり、あっていたのです。私はかって、この二人の組み合わせで、モーツアルトの「魔笛」のDVDを紹介(オペラの風景61,2018年4月15日、現在のアクセス535)しましたが、そこではザラストラの部下が体育会系人物になっていて、そのせいか「魔笛」に普通感じられない劇のリズムの良さがあって、現状の推薦版として紹介しました。
オペラの筋とこのDVDの表現を紹介してみます。先ず筋書、次がクシェイの作った舞台です。
第一幕はフランク帝国がスペインの侵略を受け、イスラム教徒撲滅のため出陣する場面で、ジーグフリード伯爵と妻ゲノフェーバとの別れ、友人ゴロが留守宅と妻の管理を依頼(この二人が主役)されます。ゲノフェーファは別れの悲しさに失神し、労わる筈のゴローは夫人の美しい姿に恋心を抱き、秘かに愛撫し、口づけまでしてしまいます。これが歌劇全体のキイ。ドイツオペラは会話が多いのが普通で、シューマンも会話をメロデイ化した音形で舞台を進めます。この場面でクシェイは、群衆の歓送や別離の場面を最小限に扱い、床に横たわった美しく、官能的女性の魅力と、それにひきつけられた男性の親しげな動作だけで強く表現しています。すぐに乳母マルガレータ(乳母、母、魔女の3役をする主役の一人)が登場。「見ていた」と告げ、ゴロに権力奪取をすすめ、ゴロもその気になってしまいます。
舞台上には出征した筈の城主さえ残っていますし、陰謀の密談時にも対象となる妻もでています。これはクシェイ演出の特色で、彼ら以外には真っ白な壁面があるだけで、演技中の主役だけが強調され他は無視。音楽は会話調で、大した動作なしに進み強い印象をあたえます。
第二幕は舞台が室外からゲノフェーファの私室に移るのですが、まったく同じ場面、片すみに前幕では目立たなかった手洗いが一役かうだけ。そこは水の出場所だけでなく、劇の進行につれ、内容が血なまぐさく進行するのを暗示するように、水が血に変ります。ゲノフェーファの衣服に血もついていて、一幕の清潔さは急変します。二人になった折にゴロが夫人を口説きますが失敗したので「夫人が浮気をした」という噂を流して群衆に騒乱を起こさせ、仲間ドラーゴに濡れ衣をきせます。ゴロの口説きの場面は美しいメロデイで魅力的、それだけなら夫人も魅せられたでしょうに。口説きが余計。二人のロマンスと群衆の登場、ゲノフェーファの不倫を彼らがうったへ、騒然たる雰囲気に急変、これまでの静けさとのコントラストが見事です。ドラゴとの不倫と断定され、ゲノフェファは牢に入れるため群衆に担ぎ出されます。幕の初めと終わりでは、服装も汚れ、白い壁面にも血が付くというクシェイならではの凄い舞台となっています。
ジーグフリードは舞台の片すみで動かず、消えたも同然ですが、これは最近演劇でよく使われる、影の圧力の役をしているようです。

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