ヘンデル(20)オペラ「シーザー(2)](H46)

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シーザー(1)はアーノンクール(30)で触れましたが、これは唯一アーノンクールが残したヘンデルのオペラ作品CDです。(浅里公三のリストから)何とか聞きたいものとHMVに注文を半年間も続けました。カタログでは2~3日で入手可能でしたが、実際は1箇月、それを数回繰り返し注文しました。今日やっと入手できました。早速聞きましたが、期待通りの感銘を受けたものの、全体としては今のヘンデルオペラの演奏傾向と違いました。ヘンデル・オペラに期待されるものは形式美、ユーモア、ロマンス性だと思いますが、アーノンクールの演奏はテンポを自由にとり、伸び縮みは大きくそれで夢想を表現しているように感じました。オラトリオで聴ける彼の品の良さは微塵もなく、予想外でした。この曲はCDが2枚いりますが、入手できたのは1枚に圧縮されたものでした。
音楽の内容を表現するのに指揮者が使う手段はテンポ、およびその伸縮、音色、強弱だと私はおもいますが、アーノンクールはこの曲にたいし通常より過剰にテンポの収縮を行なっていますが、音の強弱は彼らしく激しいものでした。音色変化は過剰気味です。結果としてこの曲の普通の演奏より、例えばマッケラス、クリステイのものより、激しくバランスのかけたものになっているように感じました。これはアーノンクールのオラトリオ演奏が釣り合いのとれたものだったのに比べ、例えば「エフタ」や「メシア」や「サウル」とくらべ、ヘンデルらしい落ち着きがきえていました。ただし、dvdがでていないのでオペラ現物の予想にすぎません。
前世紀末からヘンデル・オペラの解釈が変わってきたように思います。レザー・デスクとDVDを比べると視覚的にはっきりしますコミカルな所作に着目すると、1984年の「シーザー」のDVD、C.マッケラス指揮のイングリッシュ・ナショナル・オペラのものでは所作が全くありませんが、2005年のグラインドボーンの「シーザー」ではコミカルな所作があります。勿論オペラ・セリアですが、これら所作を含め、ヘンデル・オペラはゆとりを楽しむものに解釈が変わったように思えます。この傾向はオペラ「ロデリンダ」の1998年ものにはっきり、現われ、2011のウイーン国立オペラの「アルチーナ」にも似た傾向が見られます。
アーノンクールの「シーザー」CDは1984年作です。
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                     シーザー
アーノンクールの演奏で私が気になるのはあえていえばコミカルな表現です。超真面目人間の彼は距離を置いて作品を表現するより、作品にのめり込んで演奏します。ヘンデル・オペラの新傾向は距離をおいて、人生も作品も楽しむことです。これはアーノンクールの傾向と反対です。彼がオペラを放棄し、オラトリオにのめり込んだのもムベなしとは言えないでしょう。
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