ヘンデル(14)オラトリオ「サウル」1(H40)

画像

サウルはイスラエル初代の王です。創業はサムエルだそうですが彼は神の意思を読むのに長けた人で取りまとめ役ではなく、12部落の長に依頼され、王を探しに行脚し、サウルを探し出しました。油を注がれた(王と神に認められた)後もサウルは粗末な小屋を王宮としたそうで、その遺跡が最近見つかったと読みましたが、私欲を貪るタイプでないのは確かなようです。彼の失敗は戦利品を放するという神の言葉を無視し「持ち帰る」というた行動にあり、しかも生来の嫉妬心の強さから孤独になりました。この生涯を描いたのが、オラトリオ「サウル」で旧約聖書のサムエル書からの話、紀元前11世紀の出来事、前11世紀と言えばトロイの陥落が前12世紀だからその頃です。オラトリオの筋は概ね旧約聖書にそっています。サウルよりダビデの英才ぶりが目立ちますが、主題は嫉妬心の異常な強さと孤独ですから、やはり表題は「サウル」がいいでしょう。
オラトリオ「サウル」の話には前段がいります。
サムエルはイスラエル建国の祖で、神の御告で、エルサレム北5キロのガバにすむキシュ家の若者サウルを訪ね、彼こそ油を注がれる人と決めました。ぎました。、その日は主に播祭を捧げる日、宴席に招かれ、酔うほどに一夜を過ごしたあと、白髪のサムエルから「聖なる油を受けた者」(メサイア)として選ばれたと告げられた。更にサムエルは12人の長を集めて、クジをひかせ、絞り込んでサウルが選びだした。こうして「サウル万歳」の声がまたたくまに国中にひろまりました。
イスラエル周辺の治安はないに等しく、ヨルダンの東のアムモン人はイスラエルのヤアベッシシュを包囲し残忍な要求を突きつけたのでガバに急遽使者が派遣されたところ、丁度王は野から2頭の牛を引いてかえるところ、敵の要求を聞き、連れていた牛を引き裂き、「サウルに刃向かうものはこの通りになる」と叫んだ。ヤアベシシュに駆けつけたところペリシテ人は引き裂かれた牛のごとく敗走したそうです。
青銅器を作れるフィリステ人との戦いで勝ったとき沢山の戦利品を得ましたが、サウルは神が焼き尽くせと言われたのに持ち帰りたくなり、「主の祭壇のため」という理由で、分捕りました。その夜サミュエルの窓辺に神がたち、「サウルは主であるわたしを遠ざかった。もはやイスラエルの王ではない」と告げた。愛するサウルではあるが神の御告に逆らえずサムエルは苦しい日々を過ごしたある日、祭壇から御告は「いつまで嘆き悲しむのか。立て、油を壺に満たし、それを携えてユダの地のベツレヘムまでいけ、そこにジェッセといはう男が住む。彼の子の一人を神は王として選んだ。」サミュエルは気つかれないように訪ね、幼いダビデに会った。彼に油を注ぎ、竪琴をよくすることを理由に王の傍人として連れて帰った。
サウル王は日をおうて不機嫌になった。息子のヨナサンに王位を譲ることさえ考えた。王の陰鬱を紛らわすため、側近は王が竪琴を好むのを思い出し、召抱えたダビデに思いを致し、招いて王の面前で竪琴を演奏させた。妙技に王は痛く感激した。王の懇望にも拘らず、王の気分がすっかり和らいだとしるや、暇を乞うてダビテはベツレヘムに通じる道を帰っていった。
その頃ガッテのフィリステ人はイスラエルを攻撃してきた。その中にゴリアテという巨人がいて、一騎打ちを所望した。「このゴリアテが勝つときはイスラエル軍すべて奴隷に」との叫びにイスラエル軍は王を含め全軍縮み上がった。窮していたサウル王の前に、このダビデ少年が現われ、王の娘との婚姻などを含む御触れの正否を確認後ゴリアテとの戦いに名乗りでた。王は竪琴のダビデであるのを忘れており、彼を代表として出すのをためらったが、正規兵ではないのがのちのち都合が良いと考え、彼のゴリアテとの一騎打ちみとめた。ダビデは支給された鎧を返し、杖と石投器とを持ち、石を4~5こ拾いゴリアテの前に進み出た。苦笑とどよめきがフィリステ人の間に起こった。ゴリアテは槍の狙いを定めるより早くダビデは石を投石器をつけ、ゴリアテの眉間目当てにはなった。どうと倒れたのはゴリアテだった。盾もち小姓が駆け寄るより早く、ダビデはゴリアテの首を切り落とした。

オラトリオはここからはじまります。
ダビデの劇的な登場というハイライトは扱っていません。以後オラトリオは旧約聖書に従ってできています。どうしてハイライトをのぞいたか、ここから作者の意図が察せられます。つまり、サウルのダビデへの嫉妬に由来する憎悪が主題だからでしょう。
第一幕こそ、ダビデ讃歌と王への奉職が主題ですが、ダビデ讃歌が強く、途中で王に疑心が生まれます。ジェネンスの台本は赤井克也訳では次のようになります。
(合唱1)ようこそ ようこそ、力ある王様、‐‐2ようこそ、若武者ダビデ様、‐―
3数千の敵を葬られたサウル様‐‐4ダビデ様は数万の敵を打たれた方;
(サウル)何たる事を聞くことか私はそれほどおちぶれたのか---
(合唱)ダビデ様は数万の敵を打たれた
(サウル)この小僧には数万でわしには数千と!

このような経過でサウルの心に嫉妬が生まれました。もともと気がわりの激しいサウル。すぐに次のように告白します。
(サウル) か奴への称賛を聞くと、我が身の憤怒で張りさけそうだ。ああ、私は何とこの若造を嫌いつつ怖れていることか。‐‐  ‐
彼は我が子ヨナタンに槍を投げつけ、こう宣言するまでになります。
(サウル) か奴は我怒りを逃れたか。私は命ずる。―――ヨナタンよそなたは本分にかけて、そして皆のものよ、そちらの忠義にかけて、かの不敵な高望みの若造を抹殺せよ。か奴の命がある限り、私に安寧はないのだ。問答無用。従ってくれ。

第2幕は嫉妬、先ず
「合唱) 嫉妬よ、地獄の長男よ!人の心に住むのをやめよ。常に凡ゆる良事に愚痴をこぼし、絶えず幸福なものの足をすくう
 
先ず長女メラブとの婚約の停止。ダニエルは喜ぶ、ヨナタンがサウルにダビデの無罪をうったえる。命令の撤回。宮廷に戻れと命ずる。現れたダビデにペリシテ人を打てと命ずる。そして次女ミカルとの婚約を許す。元々惹かれていた二人は喜ぶ。ミカルの忠告で密かに企てれていた殺害からダビデはのがれられる。この卑劣な計画を姉メラブもしる。新月の祝宴での殺害が計画されていたが、ダビデは故郷に帰ってしまいサウルは怒る。幕を閉じる合唱。
ああ、理性では抑えることのできない怒りがもたらす破滅的な結末!どのような法も彼には無用‐‐‐。
第3幕ではサウルの死。サウルはダビデと別れ、孤独観を強め、魔女に相談する。
お前の術によって、私がこれから名を言う人を呼び出して欲しい。
台本では
「何ということを ご存知でしょう。この術を使うものをサウルが滅ぼしてきたことを。
何方をお呼びしましょう。」
「サミュエル様を読んで欲しい。」
「地獄の霊たちよ」と魔女は呼びかける。
現れたサミュエルの霊は
「なぜ私を平安の地からよびだすのか。
神が私を見捨てました‐‐‐
神がお前を見捨てたと
何神がお前を見捨てたと。お前はアマレク人にの戦利品を貪った時神はみすてられたのだ。明日、お前とお前の息子はペリシテ人に殺される」

アマレク人がダビデのところへ戦いの経過を報告にくる。ダビデはそのものを殺す。死者の行進。
次の場は合唱とソロでサウルとヨンタンの死を痛む合唱で終わる。

大祭司)「ユダの民よ、もう泣くことはない。われらすべての内を喜びでみたせ。不従順によってサウルを失ったものを敬神なるダビデが回復してくれたのだから、万軍の主がダビデのみかた。その軍勢のいくとことにはせいふくあり。
合唱)で剣を帯びよ、汝常なる名声を求めよーーーー汝の正しい支配に服するであろう。」

 
画像
                                       ジェネンス台本赤井克也訳
アーノンクールの演奏は1995年のもの、珍しくフィッシャーデイスカウ(バリトン)がサウルを歌っています。ダビデは女性のアルトです。本来はアルトーカストラートなのでしょう。姉はユリア・ヴァラデイです。当時のオラトリオは大抵そーですが、ヨナサンはテナーで高音に片寄っています。美しい演奏です。それにしてもこのオラトリオは嫉妬とでも名付けてよいほどドロドロしたものですが、アーノンクールの演奏は端正な美しいものです。何故か?彼のヘンデル観を思いだすと,ヘンデルがバロックとして季節はずれの古典の時代に属するという言葉が思い出されます。彼のヘンデルは古典であり、外に向かったバロックでは端正なものであるべきなのでしょう。

CDアーノンクール指揮コンツエルト・ムジーク

"ヘンデル(14)オラトリオ「サウル」1(H40)" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント