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zoom RSS バーンシュタイン;マーラー第六:悲劇的

<<   作成日時 : 2018/08/29 05:55   >>

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「悲劇的」という副題はマーラーが最後の演奏会のパンフで使われたと言われているが、当時、手垢のついた副題だったので、自作の内容をよく表せないと思ってはいたらしい。それより、妻アルマが彼の悲劇的死を暗示するものと言ったことの方が世間に通じているようだ。それより、マーラ―が自分で言った言葉と思うが、「形式を尊重視したのを男性的、内容の表現に重きをおいたものを女性的、ユダヤ的」と言った言葉の方がこの曲を聞くにに暗示的である。この曲は「形式的」であることは、つまり男性的なの4楽章であることに示されている。両端がアレグロ楽章、間がスケルツオと緩徐楽章で書かれているのは全11曲あるマーラーの交響曲のうち、この第六だけだたいうこともこれが、男性的だという事を示している、という。この曲の主人公はマーラー自身だという説がるが、これは不明だと思っていい。彼はこの曲だけではないが、生涯,女性的、ユダヤ的なものを克服しようとしたそうだが、この曲は其れを強く暗示しているようだ。
この曲ではハンマーが各所で使われるのは一つの特色だがハンマーとしてバーンシュタ
インはどんな楽器を使っているか、テレビ画面からはわからない。これは騒音効果の一つにすぎないがを、この騒音をマーラーは女性的物を示すものとして使っているようだが、曲内の位置で違うように私にはおもえた。女性を圧倒する男性的な力として、悲鳴をあげる女性的な効果音として使われているように私には思える。ハンマーは数か所で使われるが、これは運命の打撃としての効果で、それが何回も削除されているのはこの曲の性格を示す上で暗示的のように私には思えた。一方、非現実的な場面にはカウベルやグロッケンシュピール、城fpんも多用されていて、騒音とコントラストをみせていう。マーラーはこの曲に人生の多様性を示したかったのではないか。
うるさい音の塊が全体としてみると音楽的に表現されているのはやはりマーラーは天才だったのだろう。好き嫌いは別次元の問題であるが。
温効果を

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