善本知孝のブログーOpera-Crasy

アクセスカウンタ

zoom RSS グールドのベート―ヴェン(ピアノ・ソナタ)

<<   作成日時 : 2018/06/15 00:59   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

グールドのソナタはコンチェルトほどには話題にならななかった様に思う。バッハ弾きとして知られ過ぎているから、ベートーヴェンのピアノのソロなど世間の関心外だったのかもしれない。幸い24(テレーゼ),28、29【ハンマークラビア),30,31そして32と晩年の曲のCDが手元にあったので、かけてみて驚いた。バッハかと思うほど和音がたっぷりなっている。彼が抜群のテクニックの持ち主であるのは広き知られている。この強い和音がどんな役目をしているに違いない。和音はバッハで曲が流れていくのに役だった。曲の旋律性を強調していた。ベートヴェンでも旋律性を強調しているのだろうか。ケンプのように。どうも違う。ケンプのように歌ってはいない。ケンプでは旋律性が彼の演奏のロマンチック性を浮きだたせていたのが特徴だった。代わりにベートーヴェンのイン・テンポが消え、そのためベートーヴェンの構築性に緩みが生まれた。それを彼の演奏に不満を感じる人が多かった。グールドのベートーヴェンはどうだろう。よく聞いてみると旋律性はあまりかんじられない。重厚な和音は他の役に立っているようである。後期の作品ばかりだから、かもしれないが、テンンポに乱れがない。つまりベートーヴェンの構築性を崩していない。グルダと同じように。

ここで二つの代表的ベートーヴェン演奏を思いだした。フルトヴェングラーとトスカニーニだ。彼らは表情(旋律性)も構築性も犠牲にすることなく、説得力のあるベートーヴェンをきかせた。

二人亡き後、グールド(フルトヴェングラー・スタイル)グルダ(トスカニーニ・スタイル)が二つの代表的、ピアノ・ソナタの演奏スタイルを確立したのではないか。グルダは全曲をきいたので、文句ないが、グールドは後期ソナタだけしか聞いていないし、後期ソナタはどちらかといえば旋律性に富んでいるから、グールドの演奏スタイルでも何とかなる。ワルとシュタインや熱情でもグールドのスタイルで何とかなるか。これらがCDになっているか知らない。手元にある選集や単発CDでは中期は見事に抜けている。全集がでているかしらない。
彼の天才は演奏スタイルの限界を察知してベートーヴェンのソナタを選んだのかもしれない。後期ソナタにかぎって。コンチェルトは5曲とも出ているが。

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
グールドのベート―ヴェン(ピアノ・ソナタ) 善本知孝のブログーOpera-Crasy/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる