イタリアバロック(10)再度「イドメネオ」(H70)

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この連載をハイドンで閉じるのはなんともおちつきません。バロックからロココへのオペラ「イドメネオ」でとじたくなります。作曲は1780年ですから、ハイドンの「月の世界」(1777年)とほぼ同じ時期です。バロックの終焉は1750年とされていますが、ここではまだバロックの晩鐘の余韻がなっているように私には思えます。
ロココは陶器由来の言葉だそうで、ドレスデンから生まれた。真珠色とくすんだ青のようですが、モーツアルトのこのオペラにはバロック特有の華やいだピンクが感じられ、ヴェルサイユ宮殿やシュヴェチぃンゲン城の庭園の釣り合いを思うのです。これは正にバロックの世界です。
モーツアルトはこの作品のあと、セリアは死の直前に「皇帝ティトスの慈悲」しか書いていません。「皇帝テイト」は新しい試みに満ち、バロック的ではありません。こんなに美しいオペラは2度と書いていないといっていいでしょう。4通りのDVDを持っていますが、どう演奏してもすべて美しく悲しい。

バロックオペラの特徴をあれこれ考えてみましたが、セリアでは全てが絵巻物のようだです。絵をベタベタと継ぎはぎしたようにどのオペラでも感じることです。つまりストーリーはどうでもよく、美しい絵を書く事が大事であるように感じることです。これがドラマとして劇として感じられるのは、ブッファ以外には少なくモンテヴェルディのものだけです、と言えそうでした。それがこの「イオダンテ」に至って、筋書きのあるドラマに出会ったのです。ヘンデルさえ余りドラマ性は感じませんでした。これはモーツアルトがこのオペラで「語る」ことを大事にしたことと無関係ではないでしょう。アーノンクールが鋭く指摘しています。
「自らのドラマの流れから判断して、作品が完成するころになってモーツアルトは更にいくつかのアリアやアットコンパニャート、それにレチタチーヴォをカットした。考えて欲しい、作曲家が努力と時間をついやしたものである。しかしこのため作品全体の緊張感がそこなわれると判断したとたんになんのためらいもなく切り捨ててしまったのだ。これが純音楽的なものより劇の真実性の方をモーツアルトが選んだ理由である。そして彼にとっては純音楽的な美しさより劇的表現(モンテヴェルデイはこれを真実性と呼んだ)の方がより重要だったのだ。」(アーノンクール「音楽は対話である」のp308より)歌劇が劇である立場を放棄しないことをこれほど強調している例も少ないでしょう。
その良い例が第3幕にでる21曲目の4重唱。ここは別離の場面ですから別の表現もあるでしょうに、モーツアルトはここでもドラマを優先しています。

イダマンテ;一人,さ迷い行こう。どこへ、死を探し求め、死に行きあうまで、
イリア;どこへいかれようとも、悲しみのお伴に私がおります、そしてあなたが死なれるところで、私も死にます。
イダマンテ;いや、ならない‐‐‐
イドメネオ;非情なネプチューンよ後生だ、誰か私を殺してくれぬか
エレットラ;(いつ、復讐できよう?)
イダマンテ、イリア;怒りの眉を和らげてください。
イリア、イダマンテ、イドメネオ;心臓が、ああ、裂ける。
イリア、エレットラ、イダマンテ、イドメネオ;もう、これ以上耐えられない、死よりもつらい、このひどい悲しみは、これ以上の酷い運命、これ以上の重い罰を、味わったものはかっていなかった。

これはイダマンテがイリアに愛をうちあけ、自ら怪獣退治に出かける前の4重唱です。
モーッアルトは作曲しているときに、イダマンテを自分と同一視し、私的会合でイダマンテを歌ったとき、最後まで感情が高揚し最後まで歌いきれなかったそうです。

イドメネオの筋はおおよそこんなものでした。
トロイアのプリアモスの王女イリアはクレータにとらわれ人として滞在していますが、敵の王子イダマンテと相愛の仲になっています。一方アルゴスの王女エレットラも王子に恋いをしています。イドメネオは戦争にでたまま帰ってこないので死亡したものと考え王子イダマンテは父にかわりトロイアとクレータとの融和を図ろうとします。そこえ荒立つ海からイドメネオが帰還、イドメネオは苦境から脱する目的で海神と「帰国後最初に出会った人を生贄にする」と約する。それがイダマンテであった。こうしてイドメネオの心底の苦悩、イダマンテの雄々しい自己犠牲、イリアのイダマンテヘの愛、エレットラの愛と嫉妬、四者四様の苦闘のうちに愛と献身が歌われるのが上記四重唱です。
これもヴェルディから想像するようなアリアの重唱ではなく、ほとんど語りです。
神々の心を揺るがし神託のよりイドメネオは許され、イリアとイダマンテは結ばれ、イダマンテは王位につき、エレットラは救われない気持ちを絶唱してフィナーレとなります。
エレットラの絶唱はどの演奏でも私の心をうちます。それは魔笛の夜の女王の二つのアリアをおもわせるにしても、天才ならではの設定です。

台本はダンシェがアンドレ・カンプラのために書いたものがもとになっていますが、ダンシェはクレビオンの悲劇「イドメネー」を材料に、クレベビオンはフェヌロンの「テレマックの冒険」(!689)という文学に基づいていることがわかっています。一見ギリシャ悲劇ですが、まあ創作といっていいでしょう。こうしてみるとオペラ セリアの台本ではなく、フランス文学だったのです。それを父との長い討論をへて、イタリアのオペラ セリアにしたてたので、合唱が多いのもセリフの重視とともに一つの特徴です。それがまことに美しい。ここでは何よりモンテヴェルディの復活を、聴くものにおもわせます。
DVDザルツブルグ音楽祭2006、ノリントン指揮、コジュナー、シウリナ、ヴァロダス
DVDメトロポリタンオペラ、レヴァイン指揮、パヴァロッテイ、コトルバス、シュターデ
DVDサンカルロオペラ2004グイッダーリ指揮ストレイト、ガナシュ、タマール
DVDグラインドボーン1983、ハイティンク指揮ケニィ、ヴァネス、ラングリッジ

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