ヘンデル(11)アーノンクールのヘンデル論(H37)

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アーノンクールは今でこそ古典からロマン派に至るオーケストラやオペラの大家であり、専門の指揮者に肩を並べる大指揮者とされていますが、出はとっていのセリストでした。彼h楽団を作ってからの全集はいろいろありますが、7枚からなるバロックの部はモンテヴェルデイ4枚、パーセル1枚,ヘンデル2枚で、ヘンデルは器楽1枚オード1枚です。このほかにバロックとしては膨大なバッハがあります。
バロックという言葉は1920年台になって作られた言葉で音楽用語としては比較的あたらしいものです。屡≪いびつな真珠」訳されている「バロック」という言葉は今バロックと呼ばれていてもヘンデルもヴィバルデイもバロック音楽を書こうなどと考えて這いません。ただ時代が要求する音楽を書いただけです。クラシックの時代がやがて来ますが、その前には内から溢れ出る音楽を書いただけで、クラシックの後のローマン派は内に沈潜する音楽を書いたのと対象てきです。クラシック地いう言葉は身分という概念からでていて、いわば由緒、経歴のはtt切りした貴族にあたるようなものを指す言葉です。これは歴史的に典拠があり、他の言葉でおきかえられないそうです。それにたいしてバロックなのですすが。
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アーノンクールのヘンデル論1「古楽とは何か」p272より」
ヘンデルの作品が再び演奏されるようになると、人々はモニュメンタルな要素を強調する方法を一層追及していった。まさに今述べたような、バッハに比して平板な作曲法は豪華な響きを求める演奏法をうながす可能性がある。そのような演奏法は後の世代が「バロック」と呼ぶものを(もしかしたら、間もなく人がヘンデルというと連想するようになる「世界人」という強いイメージをも)非常に感動的に表現するのに対応して、豪華なヘンデルの演奏様式が一般に認知され、適切と考えられるようになった。バロックは豪華さをもとめたという誤解や、ヘンデルの主要作品が書かれたのはけっして本来のバロック時代ではなかったという事実が考慮されねばならないが、豪華なヘンデルの演奏様式は純粋に音楽的な観点からある程度はもっともらしく、魅力がなくはないのだ。19.20世紀の演奏においてもくろまれたモニュメンタルなただちに音楽の実質そのものに影響をおよぼすようになった。テンポは引き伸ばされて歪み、ゆったりした和声進行が強調されて、単純な和声による壮大な演奏様式が誕生し、それを聴き手はくつろいで楽しんだ。、まもなく、このような演奏スタイル―豪華で非常に和声の連続のうちに素朴な祝祭の雰囲気を作り出す巨大な響きの塊―がバロック音楽の精髄とみなされるようになった。
比較的単純な構造、旋律的なものの優位、内声部の従属的機能というヘンデルの音楽はすでに古典派を暗示しえいる。――――――

上記の演奏スタイルは彼の演奏全体にみられ、同年齢のヘンデルの大家ウイリアム・クリステイの指揮にも似た傾向をかんじます。)
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アーノンクールのように所謂バロック音楽を超えた領域に仕事を広げた人にとってバロックという言葉がどれほど意味があったかわかりませんが、彼が刺激的な音楽をやるという世評をおもうと私には彼のヘンデルは極めてバロック的ではありません。それは彼のヘンデル観にも由来するでしょう。(後述の豪華なヘンデル論参照)
ヘンデルではオペラは少なく、発売されたCDは「エジプトのジュリアス・シーザー」だけ。この演奏は後世にも話題が残る、フランクフルトでの公演が1978年≪ツアンクル演出)、1985年ウイーンの公演(ミルデイーク演出)です。後述のように、彼はヘンデルを特異な視点で大変高い評価をしているのでこれは大変不思議です。オペラに比べオラトリオは多いのです。彼のオラトリオへの関心は長く続いいています。
オラトリオは17世紀に始まった、音楽の形式。日本語では聖譚曲と訳されることもあり、宗教音楽として発達し、聖書に関連した出来事の紹介ですが、ヘンデルでの内容は多くが世俗音楽と紙一重です。対話形式でできています。バロック音楽を特に「音楽は対話である」と考えたアーノンクールには格好の音楽形式だったのでしょう。彼が残したCDを列挙します。CDの作成年は右記のとおりです。なお78年に「エフタ」を公演したのが記録に残っています。
「ベルシャザール」HWV61「1744年」(1975年)
「アレキサンダーの饗宴」HWV75(1977年)
「イエフタ」HWV70「1751年」(1978年9月)
「サウル」HWV53(1738)(1985年)
「サムソン」HWV57「1742年」(1992年)
「テオドーラ」HWV68「1749年」(1996年3月)
「メサイア」HWV56「1742年」(①1982年②2004年12月)

アーノンクールのヘンデル論2(上記書より)
イギリスの偉大な時代はパーセルをもって終了するが音楽家人生の大半をイギリスで過ごしたゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデルも最後のイギリス・バロックの音楽の作曲家とみなされるべきである。ここでもイギリスの音楽的風土が作曲様式を形成したことが注目される。ヘンデルの作品は事実上パーセルの創作を引き継いだものであり、パーセル抜きには考えられない。またイギリス以外のどこにおいても書かれえなかっただろう。ヘンデル以上に感動的な旋律を書いたバロック作曲家はいないが、これは疑いなくパーセルの影響である。―――

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私は2006年の彼の来日のおり、「メサイア」をききましたが、予想外にけばけばしくなく美しい音に驚いたことを今も覚えています。オラトリオというものを初めてきいせいかもしれません。
オラトリオは宗教的な題材による大規模な叙事的楽曲で独唱合唱管弦楽を用い音楽は劇的につくられていますが、オペラとは違います。しかしヘンデルのオラトリオはオペラとして演奏されるのもしばしばです。例えば「セメレ」などそうで、DVDにもなっています。アーノンクールのcdでオペラかしたものもあります。上記のなかで、
「べルシャザール」HWV61
「テオドーラ」HWV68
「サムソン」HWV57がその例で、
彼が演奏していないオラトリオでも
「セメレ」HWV58
「ヘラクレス」HWV69
がオペラ化しています。ヘンデルの書いたオラトリオは30にも上ります

アーノンクールのヘンデル論3
古楽とは何か、p265
―――楽譜をざっと眺めただけでもバッハとヘンデルというふたりの同時代人のオラトリオ的作品は甚大な差を宿している。バッハの音楽は本質的にヘンデルの音楽より仕上げが綿密で特に遥かに密度が濃い内声部が独立的に全体の進行に参加しているのに対しヘンデルの内声部は隙間をうめるだけのように見えることもある。その一方、ヘンデルの高声部の旋律線の起伏がバッハよりも大きい。‐‐‐p271

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