パーセル。セミオペラ(アーノンクール26)

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オペラの誕生はイタリア・オペラについてはよく知られていますが、イギリス・オペラについては殆ど関心がありません。言葉と音楽が結びつくのだから、国語ごとに違って当然です。英語の場合マスクが土台というのは私もしりませんでした。
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乞食オペラの名でしられている野卑な音楽劇やイギリス、民衆音楽からとった旋律がつかわれたバラド・オペラの名でしられた音楽劇などが人気があったものの、、マスク名で通用していた音楽劇の方がオペラの先駆者に相応しいようです。
イタリア・オペラでは叙唱が高揚してアリアになることが多かったけれど、イギリス・オペラでは対話が普通朗唱の形で進み、そこに独唱歌が挿入されました。マスクでつかわれたのは、民謡調の簡素な歌でした。
著名な作曲家3人の合作による「ロードス島の包囲」が最初のオペラちいえるほどの名作です。(1656年)王政復古の1660年のあと、マスクのような出し物が広まりはじめました。節約の時代イギリス人のイタリアオペラ風の舞台作品の制作は姿を消し田野でした。マスクの復活はこの頃でパーセルの誕生は1658年、1695年没で、マスクの発達と生涯が連動しています。パーセルが音楽を担当したのは、「ダイオクリージアン」(1690年)「アーサー王」(1691年)「フェアリーン・クイーン」(1692年)「インドの女王」(1692年)はセミ・オペラともいうような特色をもち、オペラと違って、主役が朗読し,脇役が歌い、踊りの場面がおおかったのですが、パーセルのセミ・オペラでは歌唱は俳優ではなく専門的な歌手の仕事だったそうです。
これはいわば庶民の芸術で、チャールス2世(1660~1685)の宮廷を中心とした上流社会では自国の音楽より大陸の音楽を尊重する傾向が強く、りゅりに追い出されたカンペールを招聘し、さらにはロックが真の音楽劇ともいうべき「サイケ」英語劇としてのオペラが発表されました。これには「イギリスのオペラ」という名称も使われています。
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パーセルのセミ・オペラはセリフの多い、音楽劇として今も公演されています。CDやDVDとして私がもっているのには次のものがあります。
4つの管弦楽曲;マリナー指揮セント・マーチン・イン・ザ・フィールド
アーサー王;アーノンクール指揮コンゼルト・ムジーク・ウイーン
アーサー王;ニケ指揮コンセール・スピりチュアル
妖精の女王;ア-ノンクール指揮コンセルト・ムジーク・ウイーン

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