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zoom RSS 喘息と肺炎(78)逆流性肺炎

<<   作成日時 : 2018/03/23 06:29   >>

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前回複十字へ入院したのは2015年12月中旬である。その前は5月上旬だったが、後者は逆流性が原因だった。今は2018年3月。2年半以上肺炎を起こしていない。これとの関係はともかく体調は見かけ以上に快調で、病気を忘れたようにさえ思う日々だ。妻が昨年12月15日複十字病院で手術し、今肺ガンのレベル1の方が気になる。前回2年前にお会いした素敵な女性は乳がんだったが、以後快調とのこと。その名もすぐ出てこない。この頃その種のもの忘れが目立つ。そんな自分だが、10年前の逆流性肺炎について、色々おもいだしたのでメモをしたくなったので書いておく。もの忘れが激しいので。
血糖値が高く、主治医の許可で医療センターに入院したことだ。葛谷先生の好意だったが、体温が高めなのが気になり、1週間入院させてもらった。口から入れた食物が肺に入っているのではないか、と恐れ、当時インターンだった森野先生が担当し、徹底的な検査が提案された。私はよろこんで受診してもらった。彼女が好きだった所為もある。看護婦が焼き餅をやいていたのも覚えている。先生は口から入った食物の通路は正常と判定した。そこで頼んで若い先生の判定を依頼した。森野先生は私が可部先生の友人で患者だったから、老大家を考えていたようで、ためらっていたが、無理強いに若い人の来院を頼んだ。東京医大から臨時に来ておられた藤田先生だった。先生は30分かけて私の話を聞いて下さり、少数例だけど、逆流性肺炎の例の存在を示唆してくれた。何事もなく一週間すぎた後、退院時の朝熱が出肺炎となった。1週間だらだら横になるだけの日日だったのに。私はすぐ藤田先生を呼び、肺炎と診断された。逆流性肺炎を疑わざるをえない。こんな事例の発見に両先生の熱意に感謝する。このときの肺炎は軽症で予定どおり退院できた。

帰宅後尾形先生にレントゲン画像をみてもらったが、「そんな肺炎は例がない、」と受け入れてくださらなかったが、確かに肺炎とのこと。
あれから10年。2年前の肺炎時には老人にこの種の肺炎が多発しているとのこと。
とおっしゃられた。私は先見者だったのだ。

私は今「食物と肺炎の関係の複雑さ」はおどろいている。
その後養老さんの本でしったが、食べ物が胃と呼吸器に振り分けられる箇所には「辯」がある。昔、四つ足だったころの人間ではこの辯が有効に働いていたが。二足歩行になってからは有効に働かず、食べたものは胃に落ちるのが普通だという。それが不健康時には私のように、胃から肺に逆流するらしい。こんな意見は数年後しった。
それから間もなく私と家内は在学時の体験をおもいだした。50歳台の事、前日まで何の病状もないのに、朝になって熱が出るという事件が数回起きた。無理して家内に車で運んでもらった。自分が必要な会議のことがおおかった。無理しての出勤だが、仕事を終えて、帰宅するころには大抵熱は下がっていた。
あれはからだ。「逆流性肺炎」だったのではなかったか。当時はまだ若く体力があったから、軽症ですんだのではなかったか。
胃からの逆流現象は、体力と深くかかわっているのではないか。

今の快調は私の余病を防ぐのに大きく働いているのではないか。2年前の肺炎は逆流性のものと診断されたが、2年以上肺炎が起きない現在の状態は体調が良いと思はざるをえない。

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