アクセスカウンタ

<<  2017年11月のブログ記事  >>  zoom RSS

トップへ

タイトル 日 時
東京の回顧と現況(4)若者の街
7)若者の街 ここ10年、奇妙な街が東京に」現れるようになりました。大人の街とは違う若者だけが集う街です。最初は原宿駅の周辺に出現しました。もともとは明治神宮の入り口に発展した小さな街でしたが、傍に旧軍隊の代々木練兵場があり、われわれ若者が若い時代,軍事訓練をした場所でしたが、その広場と小ジャレタ街に奇妙な集団だけが現れ、小都市の観を呈するまでになりました。傍には渋谷という大きな街があったのに、隣に洗練されない街が出来たのは不思議でした。それは主に山手線がとしては中心部とは離れていますが、暫く... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/27 06:37
ワグナー6.指輪3、序夜「ラインの黄金」と第二夜「ジーグフリード」
ワグナー6.指輪3、序夜「ラインの黄金」と第二夜「ジーグフリード」 第二の楽劇長大化の原因は黄金を、つまり人間の欲望を原作の話題にとりいれたことだと私はおもいます。序夜「ラインの黄金」がそれです。伝説「ジーグフリードの死」には黄金の話題がありません。つまりここで別のオペラを作っていると私はおもいます。話が長大化するのは当然です。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/25 04:18
ワグナー5・指輪2ー第一夜「ワルキューレ」
ワグナー5・指輪2ー第一夜「ワルキューレ」 第三の長大化の原因は火に囲まれた女性との結婚です。「ジーグフリートの死」の原作となった「伝説」をワグナーはオペラ「ジーグフリードの死」では、殆どそのまま使っています。手をいれた最大の事項は彼がブリュンヒルデと事実上結婚していたことです。「神々の黄昏」の序曲としての火に囲まれた女性を助けだした男性の話です。「楽劇」で初めてあらわれますが、これは事実上の同棲、今様結婚をさしているのでしょうから。オペラ「ジーグフリートの死」の筋は根本的に変えなければなりません。「女の焼き餅」レベルの話ではなくなります... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/20 10:13
ワグナー4・指輪1 「ジーグフリードの死」の展開「ワルキューレ」
ワグナー4・指輪1 「ジーグフリードの死」の展開「ワルキューレ」 オペラ「ジーグフリートの死」を楽劇「ニーベルングの指輪」に拡大していったわけはいろいろあるでしょうが、前回紹介した「ジーグフリードの死」の伝説をワグナーの最終稿と比べて考えるのも一つの方法と私は考えました。その方法で今回は拡大のわけに考えてみます。 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/13 09:23
ワグナー3、楽劇「ニーベルングの指輪」とオペラ「ジーグフリードの死」
ワグナー3、楽劇「ニーベルングの指輪」とオペラ「ジーグフリードの死」 (大幅な書き替えをしました。もう一度読んでいただければ、幸いです。(著者) ワーグナーの4日もかかる楽劇「二―ベリングの指輪」が、先ずオペラ「ジーグフリードの死」という題名の作品で始まったのは不思議に思えますが、事実です。彼がスタートした「ジーグフリードの死」の原本(伝説)が残っているので、今我々は原作をワグナーがどう変えたかでワグナーが「ニーベルングの指輪」制作意図をある程度知ることができます。 原本は13世紀のドイツ国民伝説の国民的史詩「ニ―ベルグの指輪」です。英雄叙事詩、今様メロドラマ... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/11 10:26
東京の回顧と現況(3)街の発達
6)街の発達 私が生まれた頃、銀座、日本橋以外にも東京には幾つかの盛り場が発達していましたが、戦後には大きな変化がおきました。戦前から私の知っていて盛得ていたのは、外に池袋、新宿、渋谷などですが、それが大きくなったのは大戦後のことです。大抵大規模な施設の除去と関係しています。 (新宿)戦前は東口の新宿3丁目、角筈の伊勢丹、三越と映画館だけでしたが、戦後駅前西口の淀橋浄水場跡に東京都庁を始めとする超高層ビル群が建ち、更に南口の甲州街道周辺に高島屋、JR本社、大阪ホテルが出来、北口だけが若干... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/08 17:22
東京の回顧と現況2(人災と天災)
東京の回顧と現況2(人災と天災) (人災) 5)東京の人工変化【環状線】 天災なみに東京に大変化を起こしたのは1960年のオリンピックです。あの時は目黒の我が家の裏に環状道路ができて驚いたのを、いまでも覚えています。今環7と呼ばれている東京を半周する自動車道路が、畑の中を横切ったのです。人工道路は、我が家の裏は畑でしたが、洗足では高級住宅街を、道路は高級住宅街を真っ二つに横切り、洗足池で止まりました。反対方向でも目白の住宅街をメチャクチャにしました。敗戦国を元気づけるという大義で、こんな無茶がまかり通ったのです。東京をめぐる... ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2017/11/01 10:04

<<  2017年11月のブログ記事  >> 

トップへ

善本知孝のブログーOpera-Crasy 2017年11月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる