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zoom RSS 喘息(70) 小さなお家5(戦いから敗戦へ)

<<   作成日時 : 2015/04/17 17:25   >>

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痛恨の昭和」(岩波)から皇居前で8月16日
昭和20年は空襲ではじまりました。それは突然降ってきたのではなく、当初は数機のB29の来襲でしただけで、爆弾を沢山おとすでもなく、庭に掘ってあった防空壕なるものに空襲の度にはいるなどということもなく布団で寝ていましたが、それでもヒュルヒュルという焼夷弾の音にはいい気持ちではありませんでした。それが3月9日の夜、本格的焼夷弾攻撃が始まったときには流石ねている気持ちにもならず、庭から北東の空が赤く染まるのを眺め、並みの事件ではないと感じました。
母の死後、妹は疎開にいかず東京で過ごし、弟は父の故郷の山口に疎開しましていましたから家族は3名でした。
大勢の人が死んだのは後でしったのは大分あとのことです。数日たって芝中学校が焼けたというので出かけましたが、門へ入る角に死体にこもがかかっていたのを今も覚えています。その日だと思いますが、私より出来る丸山が焼け死んだという話をききました。これで1番上がれるなどよからぬ考えが浮かびまし
た。本当に太刀打ちが出来ないくらい、彼はよくできたのです。
我が家は無事ですから、帰宅すると芋のつるをご飯に混ぜて食べました。会社では雑炊がでました。それを何とか2杯食べようと苦心していた故木村卿一が思い起こされます。彼はミーリングという縁取り作業を工場でやってましたから、事務の私とは腹のすき具合も違ったでしょう。
5月下旬の爆撃で茅場製作所が完全に焼けました。学校へ行くのかななんて思ったけど学校もないのです。どこかへ集まって勉強するかと思ったけど,そんな指示もありません。こうなると先生もあわれなもので、家にいろというだけですが、その家が大抵の人はないから、無責任な指示です。私は原則家でぶらぶらしてましたが、何をしていたか今では思い出しませんが、家にいたことは確かで、時々会社へ行ったと思います。われわれは行き場を失ったのは確かです。
親父も困ったのでしょう。「敏光に会いに行くか」といわれ、一人旅にたつことになりました。当時はまだ東海道線が走っていたからいつか着くだろうくらい気安さで、24時間かかって岩国につきました。防火管制とやらで、車外に明かりを漏らすな命令され、ブラインドを下ろしたまま列車ははしりました。5月だったでしょう。
美しい田舎で,きれいな川が流れていましたから、早すぎた夏休みが存分楽しめました。
何故東京に帰ろうか、と思ったのかわかりませんが、2ヶ月近くの滞在で列車が通っているうちにという思いが主で、一人汽車にのりました。帰路が往路より大変なのは覚悟の上、車中で何度も空襲に出会いながら7月上旬帰京しました。広島を通ったのは原爆投下の数日前だったのは確かですから、思えばすれすれの旅をしたものです。
東京に帰れば会社へ行く以外にやることはないから、一息ついて池上の茅場へいきました。勿論私が仕事をしていた場所はないから、適当なたまり場へ集まって仲間と議論にふけるだけです。そのときに大きな話題は勿論戦争のこと、負けているというグループとまだ勝負がついてない、というグループ。後者は「秘密の兵器があるから、逆転可能」というのです。「秘密の兵器」というのは「大和や武蔵」の巨大戦艦をまだ使っていないと主張する私や木村らおめでたいグループです。負けるというのは米国にも知人がいるという青木ら親米派。もし本当に負けたら、殴っていい、とのご託宣。8月上旬はもう空襲がないから、そんな議論ばかりでした。流石勝つと主張する仲間はいませんでした。
8月15日は抜けるような青空の日でした。われわれは第三工場の跡に集められました。天皇の声が聞けるという,稀な機会でした。
「いろいろご苦労をかけたが、朕は「ボツダム宣言の受諾を決意し、相手にその旨通知した。これからも苦労は多いだろうが、がんばってくれ」との宣言、これで戦争は終わったのだ。
われわれは青木をなぐる機会を逃した。
翌16日私と木村は宮城前広場へ行って、二人は二重橋のみえる玉砂利の上で天皇に自己の微力を謝罪した。
本当だ。それほど二人は洗脳されていた。
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同上から3月10日浅草国際劇場付近

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