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zoom RSS 喘息発作(36)

<<   作成日時 : 2006/07/06 21:28   >>

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(引越しは喘息に効果がないか)転地の話を数回前に書いた。転地が喘息治療のひとつと考えられたときがあった話である。私は37歳のとき、目黒から北多摩に引越した。可なりの遠距離移動である。
昭和42年である。当時は未だ公団が威張っていたから、抽選でマンションの1区画を買わせていただいた。当然家は新築だから、ダニはいない。だからハウスダストは当分気にしなくていい。また当時はそれ程ホルマリンを住宅に使わなかったから、今でいうシックハウス症候群などというのは起こらない。それなのにやはり体調は思わしくないことが多かった。喘息患者にとって悪い条件はすこし消えた筈だったが。
当時は外部からの刺激でなく、自分の中に不安定要素があったのだろう。勿論嫁さんがいなかったことも一因たろう。ただこの頃の喘息の特徴として激しい発作が消えたことだ。何となく息苦しくなり、医者へ行くと、聴診器ではヒューという喘息音が聞こえた。まあ、勤めは大学だし、まだ講義は少なかったから、適宜体調を整えるのを心がけた。その所為か、発作に至らずということだったのだろう。
一人で暮らすのはどこか気楽だが、けじめがなくなるのも確かだ。傍に人がいるのは無意識でも気にする。それが自分の行動をコントロールしていたのは、一人身になって知った。喘息にさえならなければ、大丈夫という意識があったのが、序序に不規則な生活をうみ、体全体のバランスが狂いだした。だるさ、活力のなさなど、今思えば情けない状態に序序に落ちていった。折りしも大学は紛争に巻き込まれ、生活はますます不規則になった。これは偶然の一致で引越しとは無関係である。
大学紛争は若い人の記憶には全くないだろうし、あったとしても、回顧番組で、東大講堂に放水する写真がでるくらいだろうが、当時大学にいた人間にとっては重大事件だった。具体的な事項というより、抽象的議論で紛争になった。皮肉なことに大学の外はこの頃全く平和だった。

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