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zoom RSS 喘息発作(43)

<<   作成日時 : 2006/07/31 12:01   >>

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(体調と喘息)喘息という病気は自分が悪くも無いのに、突然やってきて、この世の終わりかと思えるほどの苦しみを与えます。それなの3日もたつと、普通の生活に戻ってしまうから、理不尽、不条理な病気です。だから悪魔のような特殊な病気、自分の体の調子など無関係な病気を思い勝ちだし、私もそう思っていました。しかし年をとってくると日常体調と関係がありそうに思ってきました。
体調という言葉を大人はよく使います。50歳に近くなってからでしょうか。確か40歳代には余り口にしなかったと思います。30歳代ではまだ精神的安定がないから、「何と無く鬱、」というのが多かったと思いますが、40代では「調子が良い、悪い」という表現になり、50歳代では体調と言う言葉になったと今は思っていますが、違うかな。
つまり加齢と関係がありそうです。加齢とは何か、此の頃の慰め言葉ですが、どうして齢をとると思いますか。動物としての人間は40歳でほぼ仕事を終え、人間独特の子育てが役目として残るだけですが、これは時代時代で違うから、何歳までといえないでしょう。それでも最低なら、子供が5歳を過ぎれば、親の仕事は次元がかわります。まあこの程度までの子育てを含めても40歳で動物としての親は責任を果たしたといえるのでしょうか。後は穀つぶし、「親は無くても子は育つ」でしょうか。つまり他人でも代用できることが現在は親の仕事になっているといえそうです。(実際はそれ以後の仕事の方が子供の性格や将来を現代は決めるでしょうが。)だから、人の体は劣化し始めても人間という種が栄えていくのに差し支えない。つまり死んでもよいというのが別の言い回しかもしれません。これが加齢などと言われる事柄です。
私が考えたかったのは体の機能がどんな宿命を背負っているか、です。親は基本的子育ての義務から解放される年齢になると、体の根本的機能に劣化が始まっても、死ぬべき生物として当然と考えねばならないでしょう。さてその事が喘息体質にどう影響するか、です。
生物としての体の仕組みが狂って、喘息という形で発現してしまう。これが小児喘息でした。大人になって発病する喘息は、大きな目でみれば違うと私は考えます。医者は同じ喘息という名をつけますがね。
調子が思わしくないと屡感じる40歳代では体の仕組みが狂いだした証拠です。喘息も体の仕組みの一部ですから、このとき狂いだし、表れ方が違って当然です。最終的には発作になってたとしても、経過が違うでしょう。私の経験では体のだるさ、特に首から肩にかけての硬直で、息苦しさが生まれる程度のことが多かったような気がしました。発作には至りませんが、喘息であるのに違いありません。ヒューッという呼吸音は聴診器なら聞こえます。
この考え方を医者は認めてくれませんでしたが、私はそんなときには、体のバランス回復が大事だと考えていました。バランス回復の妙薬は自然治癒を願い、休みを多く取ることです。そうしたって喘息は起こるさと言われるでしょうが、人間は生きるように出来ているのです。自然体なら、生きる方向に行きます。喘息は不自然な体の状態です。
まあ、そんな考えをとったのです。50歳代での体調というのを常に考えたことの前兆です。

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