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zoom RSS 喘息17

<<   作成日時 : 2006/05/25 11:10   >>

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私の記憶の範囲で、昭和15〜6年の喘息治療はこんなものだった。勿論ステロイドは無い。気管支拡張はエフェデリン、アドレナリンに頼った。副作用があるのを承知で医者は使った。私の主治医は極力避けたのは前に述べたとおりである。
此の頃、日本はアメリカに戦争をしかけた(16年12月)。中国との戦争は12年7月7日に始めた。だから物はない。今輸入がなくなったら、日本は存在しないが、当時だって事情はかわらなかったろう。だから病人は栄養以前の医薬さえ乏しくなった。
小学校の卒業は昭和17年3月である。この頃から母が原因不明で体調の崩れを訴えだした。横になる日もしばしばだった。喘息は遠慮会釈もなく起こる。夜中に背中をさする父の姿を目にすることが多くなった。父は夜明けとともに仕事に出た。
出席日数が足りないまま、中学受験が迫った。当時は6年でおえ、高等科へ進み2年やって義務教育をおえるか、中学へ進んで高等教育の道を選ぶか、二つであった。中学は5年である。だから小学6年は大事な岐路である。
中学校は受験しなければ入れない。当時は公立は全入性ではなく、むしろ難関だった。だから体の弱い私は私立を選んだ。今は名門高だが何とかなったのは人知れない父の努力があったのだろう。勿論私の喘息は隠さないでのことである。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。自分の子供は喘息です。とても感心して読ませていただきました。最近は喘息『アレルギー』の子供だらけですので、医療や給食のことなどの理解もありますが、当時は苦労なされたことだろうと思います。
今息子は一歳ですので、治療方針を決めることになる医師を納得して選ぶことがとても大切だと思います。子供には血液検査での標準アレルギーはありませんでした。Igeだけ高いのです。これが意味することを医者は教えてくれません。風邪薬を服用して喘息になりますが、風邪→喘息→蕁麻疹→喘息 の繰り返しでもまだまだ薬を服用しなさいと言います。私には意味がわからないのです。 私は息子を守りたいです。知識をください。
読ませていただきまして、ありがとうございました。
まな
2006/05/25 19:16
私は医者ではないけど、知的な仕事で一生を過ごしてきました。だから自分の苦しかった経験を残しておけば、誰か、特にお母さんの役にたつかと思って書き始めました。最晩年にさしかかって未だ生きているし、それなりに社会的な活動をしてきた。この事実を知って欲しい。それから逆算してこんな過去でも認められるかと思っていただきたいのです。
今もそうだと思っていますが、喘息を治す薬はないでしょう。喘息体質というのはあります。でもその体質を変えるのもなかなかに困難です。
母親の知識で克服できるとも思えませんが、知りたい願望をお持ちなら,可部順三郎著「ぜんそくー最新治療と暮らし方」(婦人生活社)をお勧めします。彼は私の同期生ですが、10年間ほどお世話になりました。信頼に値する人物です。
tom
2006/05/25 22:16

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