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zoom RSS 喘息11

<<   作成日時 : 2006/05/15 12:24   >>

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私は喘息小僧だった。でも子供のときは親が気にするほどに滅入ってはいない。少なくとも小学4年頃まではそうだった。
今から思えば親は気になってしょうがなかったようだ。特に母親は弱い子供の将来を考え、楽しみを作る努力をしてくれていたようだ。当時はピアノは高値だったが、オルガンは買えたから、家にあった。それで歌を教えたり、一本指で弾いたりさせたのだろう。当人は同時に野球も好きだったから、仲間を集めてチームをつくり、投手をやっていた。
仲間はどう私を思っていたか?野球小僧か、歌の上手な仲間か?
4年生だったと思う。突然教室に音楽の怖い中川先生が現れ、私に放課後残るように指示した。みんなの前だったから、教室はざわめいた。音楽の先生なのに、僕が野球のことで呼ばれたと世論は決めた。音楽だったら、鈴木という美声の子がいたから、一層野球に世論が傾いた。
結果は音楽コンクールに出てみないか、との誘いだった。母は喜んだ(結果は駄目だった。)
つまり、小児喘息の子供は親が心配するほどいじけないで、のびのび遊んでいるのだ。

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